<今号の名言>集


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赤色のマーク(など)が最終更新分です。










試合に出ないことでの焦りも不安もありません。練習だからといって、何かを得られないわけではないですから。

  ★ 稲本潤一。アーセナル在籍時。

幸せだとか何かっていうのは1つの出来事で、シチュエーションやないよね。サーッと不意に吹いてくる風に、一瞬「ああ、気持ちよかった」と感じるような至高の経験なんや。

  ★ 西久保弘光。中島らも『訊く』より。

幸福しあわせなんて 何を持ってるかじゃない 何を欲しがるかだぜ

  ★ はっぴいえんど「はっぴいえんど」の歌詩。『はっぴいえんど』収録。

幸せにしてよ。私に苦労は似合わないんだから。

  ★ 浦沢直樹『MONSTER』より。

幸せになろう、というような上を向いた意志ではなかった。いつの間にか開いた小さな穴を塞ごうとした。あるいは、錆びついた心の裏側を鑢で磨こうとした。2人の結婚は、おそらくお互いにとって、そんな軽い修繕行為だったのではないか。

  ★ 森博嗣『地球儀のスライス』より。

幸せの秘訣はやりたいことをするのではなく、やらなければならないことを好きになることである。

  ★ ジェイムズ・M・バリー。

幸せはいつも不幸の中にある。

  ★ 小田嶋隆『パソコンゲーマーは眠らない』より。

幸せは不幸の前の 悲しい前触れだった。

  ★ 佐藤隆「12番街のキャロル」の歌詩。作詞は谷村新司。

幸せは2人で育てるもので どちらかが苦労して繕うものではないはず

  ★ さだまさし「関白宣言」の歌詩。

自意識のポジションで大人か子供かが分かれると思うの。例えば全然関係ない話をしているのに、全部自分に結びつける人っているでしょう。「私はそのカニを食べたことがある」とか、「私はそこへ行ったことがある」とか、全部自分に結びつけないと気が済まない人ね。客観的な事実を事実として認識できない時に、あ、この人子供だなと思うのね。

  ★ 阿木燿子『まぁーるく生きて』より。

シートベルトをつけていないと行政処分ていうけどさ、北海道じゃね、熊に襲われるってこともあるんだよ。ベルトで逃げそこなうよ。東京の役人にはそういう恐さってものはわからないからねェ。罰するって神経は、どうしたって東京のものだからね。

  ★ 永六輔『無名人名語録』より。

死因が病死だから、高齢だから、霊魂や呪いとは関係ないと考えるのは、霊の存在を知らない現代人の一般常識論でしかないでしょ? 霊が人間に危害を加える場合、その人間の一番弱点をついて来るものですからね! 呪いというからには変死突然死でなければならない!!と決めつけること自体、人間の勝手な判断ですもの。

  ★ つのだじろう『うしろの百太郎』より。

自衛隊が違憲であるのと同様に、戦後の日本国民も違憲だったのだ ── という苦い認識の中からしか「新しい平和主義」は生まれないのだ、と思う。

  ★ 山崎浩一『リアルタイムズ ── 光速の失楽園』より。

自衛隊が活動している地域が非戦闘地域だ。

  ★ 小泉純一郎。

Jリーグの選手たちに言いたい。君たちは、シンデレラではない。驕ってはいけない。君たちはサッカー選手であり、プロフェッショナルなのだ。

  ★ ジーコ。Jリーグブームの頃の言葉。

視覚の主な目的は、物体を特定してそれに反応できるよう、場面を分割して物体の境界を見つけ出すことにあるようだ。

  ★ V.S.ラマチャンドラン/D.ロジャース=ラマチャンドラン『知覚は幻 ラマチャンドランが語る錯覚の脳科学』より。

仕掛けを知ってがっかりするのは素人。感心するのはマジシャン。

  ★ 2ちゃんねるより。

 しかし、アニメーションを作るボクたちが、手塚さんを単に“神様”として終わりにしてはいけないと思っています。“神”と言ってしまうことは、“関わりがない”ということと同じです。手塚さんが相手でも関わり、ある意味で戦わなくてはいけない。
 ボクは手塚さんを超えたとは言わないけれど違う方向は見つけたと思っている。

  ★ 宮崎駿。『SPA!』1989.02.23号より。

しかしイエスの言葉はむちゃで乱暴である。イエスの言葉を聞いた人は、まず怒るのがあたりまえなのだ。怒らない人がいるとすれば、何度も繰り返し聞いているうちになれてしまったのか、あるいは自分にかかわる言葉として受け取っていないのか、そうでなければイエス級にえらいのであろう。腹を立てても、イエスの言葉は心に深く突き刺さる。そしてついにイエスの言葉に頭を下げるまで、「肉体の刺」のように抜けない。いったん抜けたようにみえても、また新しく突き刺さって来る。その正しさを結局認めざるをえなくなっているだけ、それは痛い。だから懺悔なしにイエスの言葉について語る事はできないのだ。

  ★ 八木誠一『キリストとイエス ── 聖書をどう読むか』より。

しかし、男の心意気とか、侠気とかいうものは、元来こんなものだ。損か得か、利口か阿呆かといえば、損で阿呆なことにきまっているが、古往今来、男を立てるとはそういうところにあるのだ。

  ★ 海音寺潮五郎『孫子』より。

しかし、科学が、宗教にとって代わるには、あまりにも妄想の多い今日ではある。

  ★ 安野光雅『わが友石頭計算機』より。

しかし近代科学の近代科学たるゆえんは、本質論的・原因論的問い方、“What”や“Why”の問い方を捨て、“How”という問い方を意識的に採用したことによって成立した。「点」や「線」や「面」を本質論的・原因論的に究明するというプログラムは、元々、近代科学には組みこまれていないのである。本質や原因の認識の「断念」こそが近代科学を成功に導いたのである。

  ★ 山川偉也『ゼノン 4つの逆理 ── アキレスはなぜ亀に追いつけないか』より。

しかし、ここで心しておかなければならないのは、そういう店では、日本人はすべからく嫌われ者だ、ということです。いくらあなたが「俺は、南青山の住人だぞ。埼玉の田舎者と一緒にするな」と叫んでみたところで、グッチやヴィトンの店員には、南青山と大宮の差などわかるはずはありません。欧米人にとって、日本は世界の埼玉県なのです。

  ★ ホイチョイ・プロダクション『ミーハーのための見栄講座 ── その戦略と展開』より。ちなみにここでの「すべからく」は誤用。

しかしここではっきりしておかなければならないのは、トヨタや、あるいは松下にとっての神様とは、自社の製品を買ってくれるお客だけで、国民全部を神様と思っているわけではないことである。

  ★ 梶原一明・徳大寺有恒『自動車産業亡国論 ── トヨタ・日産の「正義」は日本の罪』より。「お客様は神様です」というスローガンについて。

しかし実際は、そんな明確な動機の下に粛粛と行われる犯罪などない。特に殺人事件など、その殆どは突発的な、痙攣的なものだ。そして動機というのは後からいくらでも上手に出来上がるものだ。

  ★ 京極夏彦『鉄鼠の檻』より。

しかし、その効力は、というと、コネの種類によってそれこそピンからキリまでの差がつくようです。ただ単に、「ないよりあった方がマシですナ」、という程度のコネから、「ふり向けば、A社」といったものまで。この「ふり向けば……」というのは、すなわち、どんなことがあってもそのA社には入れる、だから、別に就職活動すべてに失敗しても、そこでふり向けばA社が待っているよ、という超強力ゴネを持つ者の合い言葉です。

  ★ 酒井順子『おかげさま ── 就職界見聞録』より。はあ、合い言葉ですか。

しかしな、勘違いするなよ。勇気と無分別は別物だ。

  ★ 魔夜峰央『Vマドンナ』(原作・野沢尚)より。

しかし、なぞなぞ出されると悲しいかな考えてしまうのである。で、当たるのならまだしも、なぞなぞの誤答ほど恥かしいモノはない。ちゃんと自分なりの解答理由があればあるほど恥かしい。

  ★ ナンシー関。

しかし、なんだね。みんながみんな1999年7月という同じ終末の時を夢想できた楽しい日々は、もう帰ってはこないんだね。

  ★ 菊池誠。山本弘『トンデモ大予言の後始末』の書評より。

しかし、日本人のイノベーション好きは、やはりこういう面でも、少しでも手造りの感覚をという発想で、上昇志向を忘れなかった。世界的に見て、価格と質のバランスを考えると、こういう製品の分野で日本製のグレードは大したものである。これに続くのがタイワンや韓国製であろうか。本場アメリカの例えばTシャツなどは、1、2度洗うとすぐダラリとなってしまう。そして、このダラリとしてしまうのをよしとするのがアメリカ人で、日本人はこれではいけないと考えるのである。

  ★ 馬場啓一「フィフティーズのライフ・スタイルはアメリカン・ウェイ・オヴ・ライフ」より。 『THE 50's』所収。例えばヘインズなどの3枚パックのTシャツなどは、「当たり外れ」があるのが当然。

しかし、速く読んでどうするのかな。人間というのは知っていることは読み飛ばせるが、知らないことは読み飛ばせない。賢くなるためには、わからない本を読まないといけない。わからない本はゆっくり読まないといけない。となると、賢くなるためには、速読の出番はないな。単に目を通したというだけの話になる。まあ、速く本が読めるに越したことはないが、問題は本を読んで何が残るかということだ。本を読んで自分のもにしたいと思ったら、じっくり、ゆっくり読まないといけない。時間をかけた分だけ理解も深まるはずだよ。記憶も時間の関数だったよね。理解も時間の関数だと思うね。

  ★ 村上亘寛『「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た』より。

しかし世の中はそれほど真剣ではない。

  ★ 大野奈鷹美。『BURRN!』1986.9「BURRNIN' VINYL」、QUEENSRYCHE『RAGE FOR ORDER』レビューより。

死が不可避のものであるのだとしたら、我々の生は、そのまま緩慢な死にほかならない。

  ★ 小田嶋隆「十年一昔,あるいは顧みられることのない腐敗する無機質の記憶」より。『僕らのパソコン10年史』所収。

叱られているときに、笑っていて怒られたんだけど、叱られているとき、笑うより他にすることがあるかい。

  ★ 永六輔『一般人名語録』より。

時間が多くのことを解決してくれる。あなたの今日の悩みも解決してくれるに違いない。

  ★ D・カーネギー。

時間は自分で作るもんや。

  ★ 岡崎俊也。

事業仕分けは予算削減が目的ではない。事業予算の最適化を目指すものである。

  ★ 蓮舫。枝野幸男『「事業仕分け」の力』より。

事業なんて簡単さ、他人の金だからな。

  ★ アレクサンドル・デューマ・フィス。

事件があるから報道があるのではない。報道があるから事件があるのだ。

  ★ ある新聞記者。安野光雅『わが友石頭計算機』より。

時刻表なんか持っちゃいないが、次のバスの出発時間ならわかるぜ。 ── 俺たちがバス停に着く1分前だ。

  ★ 如是我聞。

地獄への道は善意で敷き詰められている。

  ★ カール・マルクス『資本論』より。(レーニン、マルクス、シーザー、ドイツの諺、イギリスの古い諺……どれが本当かわからなかったが、ここの話による)


自国民の面倒を見ないと公言する日本が非常識なのか、頼みもしないのに他国民の面倒を無理矢理見るアメリカが非常識なのか。

  ★ Tommy。

「自己責任」という言葉は、透明性が確保されていない所で絶対に使われてはならない。

  ★ オークション統計ページ掲示板より。

仕事が楽しみなら、人生は天国だ! 仕事が義務なら人生は地獄だ!

  ★ セネカ。

仕事のストレスは、仕事で解消する以外にない。ゴルフでストレス解消しているなら、ゴルフは仕事である。

  ★ Webサイト『森博嗣の浮遊工作室』より。

『自己表現』とはそんなになまやさしいものではない。

  ★ 河合隼雄。

自己を失う苦しみさえ人は「良きもの」に変える。苦しみの中に真実があり、耐えることに光がある。

  ★ うのせけんいちのマンガより。

事故を起こした側は、自分はこんなに謝っているのに、なぜ、被害者は怒っているのだと、自分が加害者でありながら、被害者意識になることがよくあります。その理由は、加害者は被害者の立場に立とうとしないからです。リスクマネージャーが最初にやるべき事は、被害者の心に入り込むこと、つまり、完全に被害者の立場に立つことなのです。そこから交渉が始まる。病院側のリスクマネージャーであっても、被害者の側に立つことが必要です。被害者の心を掴んだらトラブルはすでに解決したも同然なのです。

  ★ 田中辰巳。油井香代子『医療事故 ── 医者の奢り患者の怒り』より。

自己を捨てて神に走るものは、神の奴隷なり。

  ★ 夏目漱石。

思索するということは、好むと好まざるとにかかわらず、誇張することなのだ。

  ★ オルテガ『大衆の反逆』より。

自殺した人間の顔は、なかなかアタマから離れない。

どうしてだろう。

本人は、人々の記憶から消えたいはずなのに。

  ★ 小田嶋隆。Web日記「偉愚庵亭日乗」より。

自殺に関するモンテェエヌの弁護は幾多の真理を含んでいる。自殺しないものはしないのではない。自殺することのできないのである。

死にたければいつでも死ねるからね。

ではためしにやってみたまえ。

  ★ 芥川龍之介『侏儒の言葉』より。

死自体に意味はない。生のなかだけに、全ての意味と意義が存在するのだから。

  ★ A.R.A.編『復讐之手引 ── 恨みを晴らすための実践的方法』より。

 事実、70年代半ばにニュー・ファミリーという言葉が登場し、結婚することが公然とすすめられ、美化されるまでの間はむしろ、結婚への疑念が大いに論じられた時代だといえる。
 ……もちろん、この頃から、ニュー・ファミリーという言葉の誕生に平行してウーマン・リブの動きが少しずつ注目され、そこでははっきり結婚が疑問視され、かの女らにすれば、ニュー・ファミリーほど気持悪いものはないということになる。
 しかし、消費を推進する側は、ニュー・ファミリーという言葉を作り出し、25歳以上の層を新たに購買層と意識的に設定し、そこへ向けてどんどん“物”を買わせようとした。それは、「神田川」よりもっとはっきり、しかも多岐に、多彩にやってきて、はじめのうちこそ「嫌だ、嫌だ」とニュー・ファミリーなる言葉に反発していた者さえも、巻き込んでしまい、そこから、“カタログ文化”への明らかな傾斜がはじまるのだ。

  ★ 田川律『日本のフォーク&ロック史』より。

“事実は小説よりも奇なり”というのは、たしかに私の実感でもあるが、得てして現実は空想よりもより現実的で平凡である。

  ★ 中田祐夫『にせ礼』より。

枝雀と言い、志ん朝と言い、俺がライバルだと思ったやつはみんな先に死んでしまう。これじゃ、まるで負けたまま取り残されたみたいだ。

  ★ 立川談志。古今亭志ん朝が亡くなった際。「立川談志 - Wikipedia」より。

四十九年 一酔の夢 一期の栄華 一盃の酒

  ★ 上杉謙信辞世。

市場で第3位にいる立場は問題だ。

  ★ ジャック・ウェルチ。GE会長。

「師匠に絶対服従は建前だ」ということを一門全員が心得ている。第一、談志イエモト自身、弟子にそんなものを求めてはいない。むしろ弟子が自分に対して刺激となる芸や理論、そこまでいかなくても、せめて情報だけでもいいから発信してこないかと望んでいるフシすらある。そんな談志イエモトを、第三者からは絶対君主に見えるように弟子が接しているのは、その方が弟子にとって楽だからだ。そしてもうひとつ、落語という芸能に対して、どう考えても己より立川談志の方が執念を持って努力している現実を、弟子たちが一番知っているからだ。

  ★ 立川談春『赤めだか』より。

地震が人を殺すなんてのは嘘だ。人を殺すのは俺達の設計した建物なんだよ!

  ★ 目黒公郎。「NISHIMURA Satoshi Private Website」より。

自信のない人間は、えてして偽善者になりますからね。

  ★ ドラマ『白い巨塔』より。

……自信もないけど不安もない。真っ白な状態で挑戦しようと思ってます。僕の中に何かを創造したいという気持ちはすごく強いんです。

  ★ 伊原剛志。◎私も何かを創造したいです。ええ。でへへへへ。

自信を強めることは当人には役に立つかもしれないが、周囲の人たちを犠牲にしかねない。

  ★ クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ『錯覚の科学』より。

 「静かなる日本人か。結構結構。戦争中の兵隊さんの中にも、たまにそういった人はいましたわい」
 マレー半島に旧日本軍が駐留していた時代があったことに、その時初めて気がついた。旅行なんてそんなものだ。相手の都合は考えず、自分の精神状態のみでその地に乗り込む。

  ★ 景山民夫『普通の生活』より。

しずちゃん、俺が怒らないと思ってるだろ。俺は楽しくて笑ってるんじゃないよ。

  ★ 山里亮太。webサイト「意味がわからん!」より。

しずちゃん、ムヒは香水じゃないよ。

  ★ 山里亮太。webサイト「意味がわからん!」より。

私生活も神は見ている 聖書

  ★ 街角にあるキリスト教の看板。

至誠に悖るなかりしか。
言行に恥ずるなかりしか。
気力に欠くるなかりしか。
努力に憾みなかりしか。
不精に亙るなかりしか。

  ★ 旧帝国陸軍か海軍の一日の反省を求めた言葉。

自然科学がこのごろ非常に長足の進歩をしたために、科学万能的な傾向が、風潮になりつつあるように思われる。しかし自然科学は、人間が自然の中から、現在の科学の方法によって、抜き出した自然像である。自然そのものは、もっと複雑でかつ深いものである。従って自然科学の将来は、まだまだ永久に発展していくべき性質のものであろう。

  ★ 中谷宇吉郎『科学の方法』より。

自然科学がもっている学問体系の前に、情緒や感傷は不要であった。いや、むしろ危険でもあったのである。

  ★ 保坂正康「ある数学狂の一世紀+α」より。『あぶない数学』所収。

「自然が好き、でも危険は嫌い」というのはないものねだり。Nature is wildですよ。

  ★ 菊池誠。『kikulog』コメント欄より。

自然現象は常に異常である。

  ★ 宮本博司。

自然現象をただあるがままに見ただけでは、手のつけようがない。それでいろいろな方法によって、得られた多くの知識を整理していくのであるが、そのうち一番簡単なものが測定なのである。

  ★ 中谷宇吉郎『科学の方法』より。

「自然に生きることが、正しく美しい」という思考の枠組自体、きわめて近代的な神話であることに彼らは気づいていない。かく考えたとき自然はすでに観念的存在に堕し、「自然」ではなくなっている。

  ★ 出所不明。

自然にはいれない人は、そっちは不向きなんじゃから、ほかの天然自然の道をいったらいい。人間たった一度、ただ一生。何も無理な道をゆくことはない。

  ★ 山田風太郎『明治波涛歌』より。

自然に触れることによって「思い通りに扱えない」ことを学ぶ。

  ★ 安藤忠雄。◎近頃のガキは、このように学ぶ機会が思っきり減っているのであろう。 (<付記>と書いたが、たとえば自然でないもの ── 計算機のプログラミングみたいなもの ── を通して「思い通りに扱えない」ことを学んでいるのかもしれないな。)

自然は、人間が大嫌いである。

  ★ サインの法則。『マーフィーの法則 ── 現代アメリカの知性』より。

自然をありのままに模写するのではなくて自分が自然を表象してゆくのである。あるものを写すのではなくって、あるべきものを描きだすのである。芸術は創作であるというのはまさしくこの意義でなければならない。

  ★ 山本有三。

自然はいつも芸術を真似る。

なんて言葉もある。認識論の問題にもなるわけだが。

自然を見て美しいなと思うこと自体が、不自然なんだよね。汚れた生活をしている証拠だ。

  ★ 森博嗣『すベてがFになる』より。

思想とは、真理に対する王手である。

  ★ オルテガ『大衆の反逆』より。

思想のない科学は脆弱だ。

  ★ 菊池誠「フィジカル・グラフィティ」より。雑誌『SFマガジン』所収。

思想の値段は勇気の量で決まる。

  ★ ウィトゲンシュタイン。永井均『ウィトゲンシュタイン入門』より。

思想はそれ自体では支配に抗する力となりえない。人々の心をつかんだとき、思想ははじめて物質力に転換する。

  ★ 呉智英。

時速100キロメートルで走行中のロールス・ロイスの車内で、いちばん耳ざわりなのは、時計の秒をきざむ音である。

  ★ ロールス・ロイスの宣伝文句。高岸清『世界の自動車』より。

自尊心が試されるのは熱狂の中においてだろう。

  ★ 『読売新聞』「編集手帳」より。

したがって、最終的な誤差を最小限に抑えるには、最終的な誤差に一番大きな影響を及ぼす誤差の除去に、限られた時間、実験装置、器具、忍耐力を投入することが大切になる。

  ★ G.L.Squires『いかにして実験をおこなうか ── 誤差の扱いから論文作成まで』より。

下町の人情ってよく言うけど、人情を持ち出すようじゃ、その町もおしまいです。人情ぐらい頼りないものはありません。

  ★ 永六輔『無名人名語録』より。

自墮落な人間にとって己を御すことは駿馬に跨るより遥かに難しい。

  ★ 京極夏彦『塗仏の宴 宴の始末』より。

設楽りさ子をはじめとするJJモデル軍団や吉本美代子、小松小春(噂だけだったようだが)らアイドルチームがKAZU、武田、永井など、チャラチャラと昔がしそうなJリーガーと、自分の値段を上げるためだけでつき合っているのに対し、石田ひかりは青島文明。これぞ、マイウェイである。

  ★ 山口美保子「山口美保子のこのオンナにご用心!」より。雑誌『宝島30』所収。石田ひかりなどは「少女期が際立って美しかった」女性の典型なんだろうなあ。

下を見たら嘘をついてることがすぐバレる。上を見たら本当のことを知らんと思われる。一言で足りる時に三言もしゃべるな。常に目標を見てろ、だが睨むな。印象が薄いのはだめだが強すぎるのもだめだ。楽しい奴を演じろ。だが笑わせるな。相手に好感を持たせといて、だがすぐに忘れられる存在になれ。

  ★ 映画『オーシャンズ11』より。


自治体の経営責任を問う時、自治体が今のような財政状況に陥ったのは、現経営陣だけの責任ではない、という指摘が聞かれることがある。こうした指摘が出ること自体、自治体の経営がいかに甘ったれた状態にあるかを物語っている。自治体でも民間企業でも経営破綻が過去の蓄積の結果であることは当たり前である。それでも破綻すれば責任を問われるのが経営者なのであって、破綻を過去のせいにする人は経営者になる資格がない。仮に、その代だけで経営破綻に追い込んだのであれば、問われるのは経営責任ではなく法的な措置である。

  ★ 井熊均『自治体再生―資産リストラで財政破綻を回避せよ』より。

視聴者って奴らは、テレビで何が語られているかなぞということには最早何の興味も持っていない。大切なのは、テレビに誰が出ているかということだけなのだ。その意識の延長線上にいるのが、TVカメラを向けられると条件反射的にVサインを出す薄馬鹿大学生どもだ。日本はもうすぐ減びる。

  ★ 景山民夫『トラブル・バスター』より。

しっかし恋してるときってのは、ほんのこまかいことに怒ったり喜んだり、いそがしいこったぜ。

  ★ 梶原一騎作・小野新二画『初恋物語』より。

しつけの目的は、自分で自分を支配する人間を作ることであって、人に支配される人間を作ることではない。

  ★ H・スペンサー。

実験はかならず再現できなければならない。だから実験は、すべて一様に失敗しておくべきである。

  ★ フィナグルの規則5。『マーフィーの法則 ── 現代アメリカの知性』より。

実行こそすべて ── これが私の持論である。アイディアは課題克服の5%にすぎない。アイディアの良し悪しは、どのように実行するかによって決まると言っても過言ではない。

  ★ カルロス・ゴーン。

しつこ過ぎる味になると後味が良くなくなります。後味が悪いと、あれもこれも食べたい気持ちがなくなってしまいます。商売では損なことです。

  ★ 森久保成正『お好み焼 たこ焼 いか焼 鉄板焼 最新技術教本』より。

実際、銭湯で泳ぐガキを怒鳴りつけてたり、JRの切符売りに食ってかかったりしている爺さんに、悪人は少ない。むしろ、爺さんにくせに変にものわかりが良かったりするのは、利権集団の分際で政治改革を唱える新生党と同じで、イカサマなのだ。日本のあるべき老人の姿は「頑固一徹狷介不機嫌不遜高飛車短気大声」と、昔から決まっている。これは、常識である以上に美意識の問題だ

  ★ 小田嶋隆「権力狂・渡辺恒雄に天誅を下す」より。雑誌『宝島30』所収 注)新生党=自民党経世会(竹下派/旧竹下派/旧々田中派)のうち、小沢一郎を中心としたメンバーが自民党を離脱してできた党。その後新進党となるが、この党も分裂。

実際に全く同じ条件ということはないのであるから、広い意味でいえば、科学は統計の学問ともいえるのである。

  ★ 中谷宇吉郎『科学の方法』より。

実質性を重視した高級車の方がありがたいですね。そうすると、ベンツとかBMWくらい。ボルボも結構いいですね。セルシオだと、おっちゃん臭さを感じます。なぜでしょうね。どっかに、家は木造建築やで、といっている感じを受けるんですよ。

  ★ 遥洋子。雑誌『NAVI』2000年7月号より。

実績も可能性もない部に部費は出せない……悪いが、校長先生からもそのように言われてるのでね……。(擬音:ガン グワッシャアラ) わーっ! なっ何をするっ!
ハイそうですかと帰れるかっ。子供の使いじゃねえんだ!! 今日という今日は首をタテにふるまで帰らねえぞっ。
やっやめろっ。ムググ……。
部費を上げろーっ!! (擬音:ドカッ)
ムッ ムグググ ブホーッ! 暴力には屈しないぞっ。話し合いならばしてやろう!!
話し合いにきたんじゃねえ!! (擬音:グググッ)
ムッ ムググーッ ゲギャーッ!
たったひとつの答えを聞きにきたんだーっ!! (擬音:ぐりぐりぐりぐり)
うああっ たっ助けて……わかりましたごめんなさい。
どうわかったんだ!? え!?
あっあなたの部が実績をチョッとでも出してくださったら部費はポーン!!
本当だなっ! (擬音:ぱぐしっ!!)
ほっ本当本当!!

  ★ 島本和彦『逆境ナイン』より。これが「政治」というもんです。

実戦においては打ちだされる拳にこそスキがある!!

  ★ 武論尊作・原哲夫画『北斗の拳』より。

詞って、根本的にウンコなんだよ。汚いウンコならいっくらでもできるんだけど、人に見せたいようなウンコはあまり出ないよね。

  ★ 糸井重里。

知ってる? キューティーハニーは生物兵器なんだよ。

  ★ どこかのホームページだったが、どこかは失念。

嫉妬心の深さは愛情の深さではない。単なる自己愛にすぎないんだよ。

  ★ おおった ゆか。twitterより。

嫉妬は顔が若くほてっていなければ美しくない。

  ★ アルフレッド・カピュス。年増の嫉妬はみっともないということらしいです。

嫉妬を抜きにした正義論などは、セックスの問題にふれない恋愛論に似ている。

  ★ 出所不明。

失敗に気づけない人材は、いないも同然である。

  ★ ダニー・マイヤー『おもてなしの天才 ── ニューヨークの風雲児が実践する成功のレシピ』より。

失敗に対する恐怖の方が成功を願う気持ちに勝つ。

  ★ ジョン・スポールストラ『エスキモーが氷を買うとき ── 奇跡のマーケティング』より。

失敗への対処で、時間は決定的な要素になる。

  ★ ダニー・マイヤー『おもてなしの天才 ── ニューヨークの風雲児が実践する成功のレシピ』より。

(安倍晋三総理は)実は、憲法改正を真摯に考えているのではなく、憲法改正と叫ぶこと自体が目的であって、結果的に憲法改正をおくらせても構わないと考えている究極の護憲派である。

  ★ 枝野幸男。

「実は……」って重たいわりにはつまらないことも多い。

  ★ ナンシー関『聞く猿』より。

実は私が、非人間的ともいうべき激務を強いられながら、著者や編集長の気まぐれな指示に唯々諾々と従い、無用の私的な付き合いに応じ続け、自分を激務に追い込んでいったのも、まさにこの種の屈伏ゆえのことであった。単に「時間がありませんので」と断ればすむものを、それができなかったのは、断ることで相手に「編集者としてわかってない」、「ダメな編集者だ」と思われるのがなにより怖かったからである。「ダメな編集者」とそうでない編集者の明確な区別が自分でできなかった私は、あらゆる注文に応じ続けることにしか編集者としてのアイデンティティを見い出せず、著者や上司にどう思われるかということの中にしか自分の価値を見い出すことができなかったのである。

  ★ 西岡文彦『編集的発想 ── 「知とイメージ」をレイアウトする』より。

実は私ども「日本無休残業(株)」の者ですが、求人難で人材が集まりません……。

  ★ しりあがり寿『少年マーケッター五郎』より。

ジッポーをもらって喜ばない男はこの世にいない!

  ★ リサイクルショップのジッポー売り場に書かれていたコピー。

実用車のエンジンが8000回転も回ってどうする。

  ★ 徳大寺有恒『間違いだらけのクルマ選び'93』より。

失恋は、あなたを苦しめない。あなたが、失恋という現象に加えている意味づけだけが、あなたを押し消す。

  ★ 伊藤守『恋の法則100』より。

実の人生は芝居で見る人生ほど値打ちがない。

  ★ セルバンテス。

失敗すればするほど、我々は成功に近づいている。

  ★ エジソン。

質問は、質問する人を表現するんだ。それに対する返答なんかとは無関係にね。

  ★ 森博嗣『夏のレプリカ』より。

実用的には既に充足した消費者を、さらなる購買に駆り立てるデザイン戦略が、スタイリングである。購買済みの商品の新型モデルを、再三購入させるモデル・チェンジの手法は、商業化した美意識としてのデザインを徹底して追及したアメリカで確立する。

  ★ 西岡文彦監修『デザインの読み方 ── デザインの見方・見どころ・考え方がひと目で理解できる完全見取図』より。

視点は、絵画においては、思想そのものなのである。

  ★ 西岡文彦『絵画の読み方 ── 知的に名画を解読する完全ビジュアルガイド』より。

死というのは、あれは、正義なのでしょうか?

  ★ 小田嶋隆。ブログ『偉愚庵亭憮録』より。

 支那という言葉には悪い意味もないし、差別語でもない。最初の統一帝国である秦から出た言葉なのである。現に英語ではチャイナ、仏語ではシン、露語にいたってはキタイ(契丹)とまでいっている。時の政府・国家形態が変わったからといって、タンビにいいかえておったらきりがない。インドシナ半島など、インド中華人民共和国半島というのかと聞いてみたくなってしまう。
 だいたい差別なんていうのは優位に立つものが劣位の者に対してすることではないか。
 日本人が支那人より優位に立ったことが一度でもあったろうか。戦争しかり、文化しかり。
 もし支那人が、おそまきながら漢字の特許をとったらどうする? にほんじんはかんじのしようがふかのうになってひらがなのみのしんぶんやたからじまがしゅっぱんされるようになって、しっぴつしゃはまいすうがかせげておおもうけだ。
 しかし、平仮名だって元は漢字なのだから、基本特許の派生発明物使用権かなんかの問題になっちゃって、1字につき3元のロイヤリティを支払うべしとくると執筆者は大弱りだ。
 そうなると、また目先の利く支那人が、紙の発明者の蔡倫という人はウチの68代前のご先祖様だという家系図を持ち出してきて、これもやっぱり特許をとってしまう……。

  ★ 呉智英『インテリ大戦争 ── 知的俗物どもへの宣戦布告』より。

シナリオというのは、別に矛盾がないことが大事というわけでもない。だからといって、ドラマツルギーとして辻褄が合ってるかどうかが大事というわけでもない。見ている人の「心の温度の管理」みたいなものが大事なんですよ。心が盛り上がってるときには、あえて必要なシーンでも入れない方がいいんです。「こうやった方が整合性が保てるな」というときでも飛ばしてしまった方が、物語全体の温度を冷まさずに済む。そのまま突っ走っちゃう方が大事なんですね。

  ★ 岡田斗司夫『遺言』より。

死にたくなかったら何かしろッ!

  ★ 『機動戦士ガンダム』より。

死ぬ気で勉強したこと無いうちに「勉強なんて役に立たない」とか言わないでね。

  ★ 雲和広「国際地域研究(1999年度)講義資料(大学提出済公式版)」より。

死ぬことより最悪の事なんてない。生きているってことだけで素晴らしいじゃないか。

  ★ 塩沢とき。癌を治療し再発の可能性を忘れられずに生きている。◎しかし逆に言えば、この人はここまで追い込まれたからこそ、そう思えるようになったであろう。

死ぬのなら恐竜の頭脳ではなく人間の頭脳を持ったまま死にたいものですな。

  ★ かわぐちかいじ『沈黙の艦隊』より。

死ぬのは人の勝手ですが、勝手なことをする以上、せめて人にかける迷惑は最小限にすべきでしょう。

  ★ 中島らも『中島らものさらに明るい悩み相談室』より。

死ねばなにごとも無。どんな死も汚れたヤセ犬の死とかわらぬ!

  ★ 武論尊作・原哲夫画『北斗の拳』より。

死のうとするよりも、生きようとすることのほうが、たいていは、ずっと勇気を必要とする。

  ★ アルフィエリ。

死はいつも向うから歩いて来る。俺達は彼に会いに出掛けるかも知れないが、邂逅の場所は断じて明かされてはいないのだ。

  ★ 小林秀雄『Xへの手紙』より。

事物の命名は認識の後になってもたらされるのではなくて、それは認識そのものである。

  ★ メルロ・ポンティ『知覚の現象学』より。

自分が愛するものを憎んでいる人間がいることを知るというのはとても嫌な気分だった。

  ★ 奥田哲也『霧の街の殺人Click Here!』より。

自分が相手の立場に立っていたら嘘をつくだろうと分かっているときに、相手の言っていることが真実だと信じるのは難しいことだ。

  ★ メンケン。

自分が愛らしいことを少しばかり忘れたら、ほんとに愛らしくなる女が世のなかに多い。

  ★ マリヴォー。

自分がアメリカ人でないことが恥ずかしいということは、日本人として、とても恥ずかしいことだ。

  ★ 小田嶋隆『パソコンゲーマーは眠らない』より。これはパソコン業界における日本人の創造性の文脈での言葉。この文章の前に「淋しい話だが、たぶん、コンピュータの世界で、日本の独創によって生まれたものは、日本語ワープロだけだ。そんなわけで、パソコンの世界では、私は完全なアメリカかぶれになっている」という話が来るわけだが、コンピュータ→自動車、日本語ワープロ→電動格納式ドアミラー、アメリカ→欧米とでもすれば、これはこれで文脈がつながってしまうわけねえ。

自分が生きている、それを実感しなさい。そして、それを表現しなさい。そのとき、誰かがあなたに恋します。セクシーさとは、生命力そのものだから。

  ★ 伊藤守『恋の法則100』より。


自分がいなきゃ、仕事進まないなんてのは幻想さ。ボクやキミがいなくても、地球は回る。

  ★ 松本葉『伊太利のコイビト』より。

自分がお金を払って買った製品に対し「あなたは 普通の人と違う行動をするから」という理由で保証を受ける事ができないかもしれない会社というのは 真っ当な製品サポートをしているとは言ません。

  ★ 東芝のクレーマー暴言問題についての掲示板より。

自分が頑張ったとき、心から笑って祝福されては自分の負けです。

  ★ 三和銀行の就職資料『時はいつも、僕の味方をしてくれる』より。企画はたぶん文ブレ。

自分が他人にしてもらいたいことは他人にしてやるなかれ。他の人の趣味が自分と同じではないかもしれない。

  ★ バーナード・ショー。

己の欲せざる所、人に施す勿かれ。

というのが『論語』「衛霊公」にある。『新約聖書』マタイ7:12、ルカ6:31には

何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもその通りにせよ

とある。普遍的なものであるとされ、黄金律と呼ばれるが、そのパロディなわけだ。……ちなみに、和洋女子大学の奥津文夫教授によると、同じような意味の諺でも、東洋のものは禁止形で、西洋のものは肯定形で表現されることが多いという。

自分が納得していないのに人の言う通りにして失敗するときこそ、みじめなことはない。

  ★ 川渕三郎。

自分がなりたいと思うような人間に、既になった気持ちで行動せよ。間もなく必ずそうなる。

  ★ ジョージ・クレイン。

自分が恥をかくのはいいが、他人に恥をかかせてはいけないという躾だった。

  ★ リリー・フランキー『東京タワー ── オカンとボクと、時々、オトン』より。

自分側の都合を通すのに、君のためだ、なんて言い方は大変卑怯ですし、相手の知性を見下げた言い方だと思います。

  ★ 森博嗣『冷たい密室と博士たち』より。

自分探しなどと本心から云っているのなら馬鹿だろう。本気でそう思う。自分らしくとか、自分を大切にとか云う物云いも、同様に肚が立つ。らしくしたり大事にしたりする程瞭然はっきりとした自分なんかない。

  ★ 京極夏彦『陰摩羅鬼の瑕』より。

自分史上最高カレシ!

  ★ サントリー烏龍茶CMより。

自分自身がそれぞれ神となる。

  ★ グロウリー。本誌田辺の引用であるが、14年も前の話なので覚えていないだろう。ひょっとしたらグロウリーではなくクロウリー?

自分自身の道を歩いて迷っている子供や青年の方が、他人の道をまちがいなく歩いている人びとよりも、好ましく思う。

  ★ ゲーテ。

自分自身を支配できる者が男だ。

  ★ 諺。

自分で選んだ仕事じゃないですからね。初めての学芸会で『何て演じることがすてきなんだろう』と思ったこともあります。一時はピリオドを打とうかとも悩みました。だから今も普通の女優さんとは違う感じがするんです。次に生まれ変われるなら、自分の意思でこの仕事を選び取ってやってみたい。

  ★ 吉永小百合。『スポーツ報知』より。

自分で選んだのだから、堂々と胸を張って不幸になりなさい。

  ★ 斉藤由貴の母。尾崎豊との不倫騒動の時に由貴にかけた言葉。朝日新聞のインタビューより。

自分で自分を代弁できない人間は、だれかに代弁されてしまう。

  ★ カール・マルクス。

自分で手を下さなくてもいい人にとっては、不可能なことはなにもない。

  ★ A・トノ・ワイラー。

自分で何一つできないという人でも、他人の幸せは祈れる。

  ★ 出所不明。

自分で名言をはく以外の最善の方法は、引用することである。

  ★ エマーソン。

自分と同じくらいの他人なら、ほめられても我慢できる。

  ★ トゥキュディデス。

自分ながら悪趣味だとは思うのだが、いかんせん悪趣味は本人の努力で克服できるものではない。

  ★ 小田嶋隆。Web日記「偉愚庵亭日乗」より。

自分に同情するのは下劣な人間のすることだ。

  ★ 村上春樹『ノルウェイの森』より。

自分に惚れてくれた男を憎む女はいないが、ぼくはきみの友達さと言う男を憎む女は多い。

  ★ ポープ。

自分の一番大事なことを大事にした極めてシンプルな決断。

  ★ 松井秀喜。WBC辞退について。

自分の頭で勝手に恐怖つくって、不安になって。そんなの、ないのにさ。過去を思いすぎ、未来を思いすぎ、“今”にいないことが多かった。必要以上に過去のことにクヨクヨして、未来が不安であるがゆえに、『こうなったら、どうしよう』って考えて。そのことで、今に居られないってことは馬鹿げたことでしょ?

  ★ UA。『THE BIG ISSUE JAPAN』より。

自分の家のゴミが重いと、主婦失格というか……何か、後ろめたい気持ちになるんですよ。

  ★ ニュース番組でやっていた“リサイクル料理”教室に来ていた主婦。

自分の置かれた立場が絶望的に思えたにもかかわらず、これからどうしようかと必死で打開策を考えました。そして奇跡を神頼みしながらベッドに入りました。奇跡はキリスト教徒のためのもので、ユダヤ人には訪れないことを忘れていたのです。

  ★ ジェフリー・アーチャー『クリスティーナ・ローゼンタール』より。

自分の顔を食べさせるなんて残酷だ、グロテスクだってものすごく批判されてね。でも僕は、正義を行うということは決してカッコいいことじゃない、自分も傷つくことだということを伝えたかった。自ら傷つく覚悟もないのに正義の味方だと快哉を叫ぶなんておかしいですよ。

  ★ やなせたかし。『THE BIG ISSUE JAPAN』より。

自分の考えたとおりに生きなければならない。そうでないと、自分が生きたとおりに考えてしまう。

  ★ ブールジェ。

自分の教育方法と娘のルックスに疑問をさしはさむ親は、地球上に存在しません。

  ★ 石原壮一郎『大人養成講座』より。

自分の苦悩を免れた者は、他人の苦悩を軽くしてやる責務を感じなければならない。

  ★ シェバイツァー。

自分の欠点を1つ見つけるより、ひとの欠点を10見つける方が、やさしい。

  ★ ユダヤの格言。

自分の心に自信さえあれば、プライドは傷つかない。自信がないからプライドも傷つくんだ。

  ★ 北方謙三。

自分の子供なんだから、足し算は学校で覚えてきたとして、足し算を何に使うかは親が教えるべきだよね。

  ★ 中嶋悟。中嶋悟+大和国男『中嶋悟全発言』より。

自分の子供を過大評価するのは人間の欠陥の1つだ。

  ★ 伊坂幸太郎『陽気なギャングが地球を回す』より。

自分の知っていることは何かと自分の知らないことは何かを知りなさい。そうすればすべてを知ったことになる。

  ★ ロシアの諺。

自分のしている仕事は自分にふさわしくないと思う人は、その仕事をうまくやることができない。

  ★ A・チェース。

「自分の信じるものが正しい」という考えは、狡猾な大人がちょっと背中を押してやれば「自分以外はみんな馬鹿」に過激に変貌する。

  ★ プチ鹿島。『東京ポッド許可局 ~文系芸人が行間を、裏を、未来を読む~』より。

自分の人生に自分で責任を背負う覚悟がないかぎり、自主的な決意やその持続はありえない。

  ★ 福島章『犯罪心理学入門』より。

自分の住んでいる都市から逃げ出さずに、外敵に立ち向かおうと決意するところから、西洋の「市民」は誕生しました。

  ★ 兵頭二十八『平和ボケを醒ます「七箇条」』より。『Voice』2001/05号所収。

自分の能力未満のプレーをしないことが目標です。

  ★ イチロー。

自分のひとりぽっちに気をとられ、誰かのひとりぽっちに気づけないでいた。

  ★ 羽海野チカ『3月のライオン』より。

自分の美貌を鼻にかける女は、美貌にまさる立派な長所がないことを自らふれまわってるようなものである。

  ★ レスピナス。

「自分の身の危機管理もできないで……」というのは、「リスク・マネージメント」と「クライシス・マネージメント」の区別のつかない人のいうことなのだ。

  ★ 佐々淳行『わが上司 後藤田正晴 ── 決断するペシミスト』より。

自分の問題のとらえかたがそもそも間違っていたと認識することで、もっとも衝撃的で革新的な解決策が生まれることはよくある。

  ★ エリック・S・レイモンド『伽藍とバザール』より。

自分のわからない部分を積極的に明示しようとする姿勢は、助言や指導を与える立場の人にすがすがしい印象を抱かせるはずであり、知的生産にたずさわる姿勢として欠くことのできないものということができるだろう。

  ★ 西岡文彦『図解発想法 ── 知的ダイアグラムの技術』より。

『自分は自分』というのが、大阪人。

  ★ 安藤忠雄。◎そうでない人もいるみたいだが、そういう人はよそから来た人なんだろう。ほんまかいな?

自分は、自分らしさを証明するために生きるのです。

  ★ 三和銀行の就職資料『時はいつも僕の味方をしてくれる』より。

自分は何者だろうと問い掛けるのはいいが、答えを出してしまってはいけない。

  ★ 京極夏彦『狂骨の夢』より。

 自分は何をしている時が一番美しいか。それを知らなければならない。またそれを、忘れてはいけない。そして、それを守っていかなければいけない。それが、守ることであって、守るために美しくなろうとしてはいけないのだ。
 なにも次々出し物を変えてゆくことに頑張るのではなく、自分の一番大切なものを維持していくことによって、それを守ることによって、他を壊していかなければならないのだ。

  ★ 早川義夫『ラブ・ゼネレーション』より。


自分は人に好感を与える、という自信は、えてして人を不愉快にする決め手になる。

  ★ ラ・ロシュフーコー。

自分一人が絶望するのはいいんだけど、その絶望を無制限にばらまく権利は誰にもない。少なくともそれはプロの作品じゃない、大人の仕事じゃないと僕は思う。

  ★ 岡田斗司夫『遺言』より。

自分1人で石を持ち上げる気がなかったら、2人がかりでも石は持ち上がらない。

  ★ ゲーテ。

自分を哀れんでいる時間はない。

  ★ 勝鹿北星作・浦沢直樹画『MASTER KEATON』より。

自分を馬鹿に見せようとするのは、やめた方が良い。過去にそれで得をしたことがあったのなら、それは、相手が馬鹿だっただけのことです。
ええ、馬鹿だったわ、みんな。
人間のほとんどは馬鹿です。僕の試算では、94%。ただし、忘れないで下さい。馬鹿は、悪いことではない。低いことでもない。卑しいことでもありません。死んでいる人間は、生きている人間より馬鹿ですし、寝ている人間は、起きている人間より馬鹿です。止まっているエンジンは、回転しているエンジンよりも馬鹿です。それが馬鹿の概念です。

  ★ 森博嗣『有限と微小のパン』より。

自分を普通という人間を信用するな。

  ★ スコット・フィッツジェラルド。

自分を見もしなければ、聞きもしない、触れもしない。何も変えないで、ただ事態だけが変わればいいと思っている。

  ★ 伊藤守『恋の法則100』より。

シムズは腰抜けかもしれないけどよ、リッチでハッピーな腰抜けだぜ。

  ★ 映画『ティン・カップ』より。

使命感に燃える人ほど、“二者択一”的(all or nothing的)になるんだよな。“二者択一”はトンデモへの道なんだよ。

  ★ 菊池誠。

指名手配された犯人は 殺人許可証を持っていた

  ★ 頭脳警察「指名手配された犯人は殺人許可証を持っていた」の歌詩。『頭脳警察3』収録。この曲は歌詩がこれだけなの。「前衛劇団“モータープール”」など、頭脳警察は常にラディカルだったなあ(リアルタイムで経験したわけじゃありませんがね)。

〆切とはね、破る奴を見つけるために存在するんだよ。

  ★ 如是我聞。

〆切を守る事は、クオリティの一部だよ。

  ★ Webサイト『探偵ファイル』より。

ジャーナリズムとは、「ジョーンズ卿死す」のニュースを、ジョーンズ卿が生きていたことも知らぬ人達に伝える媒体である。

  ★ チェスタトン。

社会学者のあいだでは、現代の私たちはこれまでの世代より恐怖を感じることが多いということで大まかな意見の一致を見ている。

  ★ ダン・ガードナー『リスクにあなたは騙される』より。

社会主義はその極限にまで、不合理に達するまで発達をとげることであろう。そして、今日保守主義が占めている位置を占めるようになり、将来の、われわれには未知の革命によって打ち破られることであろう。歴史の“潮の干満”“振子の恒久運動”である!

  ★ A・ゲルツェン。

社会の大人たちってのはよォ、意味のあることにしか意味はないと思ってんだ。

  ★ 岩明均『厨子がいる店』より。

釈迦は来ず 弥勒はいまだ出ぬ間の かかるうき世に 目あかしの地蔵

  ★ 一休。

社交の秘訣は、真実を語らないということではない。真実を語ることによってさえも、相手を怒らせないようにすることの技術である。

  ★ 萩原朔太郎。

じゃ、この借りはいずれそのうち、精神的に。

  ★ 映画『機動警察パトレイバー』より。

写真が真実なら、映画は毎秒24倍真実だ。

  ★ 映画『小さな兵隊』より。

「シャボン玉ホリデー」や「ゲバゲバ90分」で育った僕には、「コントは消えもの」という感覚がある。しかし一方では、なぜコントだけがそれこそシャボン玉のような消えもので、古典落語は同じギャグを何百回くり返しても許されるのか、といった怒りもある。

  ★ 中島らも『中島らものぷるぷる・ぴぃぷる ── 異能作品集』より。こういうのは再放送されないってのが悲しいよねえ。関係ないが「古典落語」という言葉は「新作落語」という言葉よりも後にできたそうだ。「新作」が明治中期、「古典」は戦後にできた言葉だ。

じゃまだと言われてわかるようなやつは、もともとじゃまなことはしないのだ。

  ★ 山形浩生『ケイザイ2.0』「第14 回 NGOとかNPOとかボランティアとか。」より。

ジャンルをつくれば誰でも1位になれる。

  ★ みうらじゅん。「ほぼ日刊イトイ新聞- じゅんの恩返し」より。

周囲の人間に伸ばしてもらったり、教育プログラムに育ててもらったようなものは個性とは呼ばない。個性はあらかじめ備わった天性であって、むしろ、周囲の人間による妨害の中でこそ伸びるものだ。

  ★ 小田嶋隆。Web日記「偉愚庵亭日乗」より。

19世紀、チューブ入り絵の具の発明が画家たちの屋外での制作を容易にし、外光の瞬間的な状態を即興的な筆致で描く印象派絵画を生みだしたように、絵画は常に時代の先端技術を反映して発展していく。

  ★ 西岡文彦『絵画の読み方 ── 知的に名画を解読する完全ビジュアルガイド』より。

19世紀にはまだろくな洗剤もなく、また洗濯方法も中世とさほど変わらぬ原始的な方法に頼っていたので、真っ白なワイシャツや下着を身につけているということは、当時の人々にとっては最高の贅沢だった。

  ★ 鹿島茂『デパートを発明した夫婦』より。

19世紀は鉄道が発達したおかげで、車中の暇つぶしから読書人口が爆発的に増大した時期でもありました。鉄道先進国であったイギリスではいち早く列車ダイヤの標準化のためのグリニッジ標準時が設けられ、駅構内には書店が設けられるようになり、大衆出版の基礎が築かれることになりました。フランケンシュタインやドラキュラに代表される怪奇小説や、エドガー・アラン・ポーに始まりシャーロック・ホームズの大ブームに至る推理小説の隆盛なども、そうした出版史上の大衆化に呼応したものでした。

  ★ 西岡文彦『モナ・リザはなぜ名画なのか?』より。

従業員というのは放っておくと、みんなどんどん楽な方向に走っていってしまう。

  ★ 堀江貴文『堀江貴文のカンタン!儲かる会社のつくり方』より。

従業員は自分たちのリーダーが寛大で、親しみやすく、意見を聞いてくれると思えたときに、最高の生産性を発揮する。

  ★ ダニー・マイヤー『おもてなしの天才 ── ニューヨークの風雲児が実践する成功のレシピ』より。

宗教と科学の違いは科学では初めの期待に反した結果が出たときにそれを 受け止めることが出来るかどうかにある。

  ★ どこぞのWeb日記より。

宗教は民衆の阿片である。

  ★ レーニン『権利についてヘーゲル哲学の批判』より。

収集した情報をどう公開するかで決まるんだよ。そっちのテクニックは情報収集より更に難儀なんだ。

  ★ 京極夏彦『魍魎の匣』より。

住宅は住むための機械である。

  ★ ル・コルビジェ。

住宅はたいていの建築家が考えているように出来上がった時点がゴールなのか、それとも山本の言うように、そこからスタートするのか。住宅は、芸術の作品なのかそれとも生活の器なのか。

  ★ 藤森照信『日本の近代建築(下)-大正・昭和篇-』より。この文の直前が以下。

……それが、大正14年、山本拙郎と遠藤新との間で交わされた「拙新論争」で、ライトの愛弟子の遠藤新が、建築家たるもの中小住宅の設計に当っても、全体から家具調度まですみずみデザインし、その小宇宙を住み手に味わってもらうべきである、と主張したのに対し、山本は、

 「私は住宅に於てはそれが住む人によって次第に成長させられ、完成されてゆくものであるということを信ずる。友人から送られたテーブルランプが居間の飾りになったり、叔父の遺愛の安楽椅子が書斎の宝となったりして、住宅の生活は成長を見、豊富になってゆくのではないだろうか」T14-

と批判した。

集中すれば、人生のそこここに楽しみはまだ山ほど転がっているのだ。

  ★ 景山民夫『つまり何なんだ』より。

修道院は、原則として、壁面によって俗世間から隔絶された空間である。

  ★ 馬杉宗夫『大聖堂のコスモロジー ── 中世の聖なる空間を読む』より。

シュートのコツは?
練習です。

  ★ 大黒将志。

シュートは打っても入るもんだなあ。

  ★ 森島寛晃。「去年は頭でのゴールが多かったんで。」というセリフに続いて。

《自由》とは、自分自身への規制や抑圧を創造できる能力のことなのだ。

  ★ 山崎浩一『危険な文章講座』より。

17世紀は、世界貿易が地球上の土地を次々と「地図」化し、世界の眺めが初めて風景画に描かれた時代でもあった。

  ★ 西岡文彦『絵画の読み方 ── 知的に名画を解読する完全ビジュアルガイド』より。

12世紀、ロマネスクの彫刻家たちはいう。「キリスト教徒の生涯は、戦いである」と。ところが、13世紀、ゴシックの彫刻家たちは、「すべての美徳を、自分のうちに統治することを知っているキリスト教徒の生涯は、平和そのものであり、それは、すでに神における休息である」と考えているのである。

  ★ 馬杉宗夫『大聖堂のコスモロジー ── 中世の聖なる空間を読む』より。

10年前に『博多一風堂』のラーメンを食べておいしい、と思ったお客様が10年ぶりに店に足を運んでくださったとする。そこで10年前と同じことをしていたら、多分、そのお客様は満足されない。だから、変わらないために変わり続ける。

  ★ 河原成美。『有名店主が答える開業法・味づくり・経営のラーメンQ&Aブック』より。

収入が100なら支出を100にすればいい。収入が1なら支出を1にすればいい。バランスの問題である。働きがいいも悪いもない。お金持ちも貧乏もない。幸せも不幸せもない。

  ★ 早川義夫。Webサイト『早川義夫公式サイト』より。

10年前の自動車は20年前の機関車よりも古く見えるが、それは、自動車製造技術の発明発見が機関車の場合よりいっそう急速に行なわれたというだけの理由によってである。

  ★ オルテガ『大衆の反逆』より。

自由は山巓さんてん の空気に似ている。どちらも弱い者には堪えることは出来ない。

  ★ 芥川龍之介『侏儒の言葉』より。「山巓」は「山の頂上」の意。

重要書類バイタルは、あなたが置いた場所から、あなたが見つけられない場所に移動することによって、そのバイタリティを証明する。
Vital papers will demonstrate their vitality by moving from where you left them to where you can't find them.)

  ★ オフィスワークに関するマーフィーの6か条の5。 『マーフィーの法則 ── 現代アメリカの知性』より。

重要なのは一部の顧客であり、大半の顧客ではない。

  ★ リチャード・コッチ。

16歳で美しいのは自慢にはならない。でも60歳で美しければ、それは魂の美しさだ。

  ★ M・ストープス。

授業中に寝るというのは、運転中に寝たり、歩きながら寝たり、食事中に寝るのと同じで、つまり自分の躰がコントロールできない、運動神経が鈍い奴ということ。

  ★ 森博嗣『臨機応答・変問自在』より。

宿題ってのは、マルチメディアなのさ。

  ★ ステーブ・ウォズニアック。インタビューより。

受験生はいつだって心の中に社会への矛盾を感じているが、それを考える余裕は与えられていないのだ。

  ★ さくらももこ『ちびまる子ちゃん』より。で、合格しちまえばそれを忘れるのよね。

主食、汁、漬物、野菜の煮物といった定型化した食事は好まれなくなり、ごちそうを食べるときである晩飯には、昨日とは違うおかずを多種類供すべきであるというのが、現代の通念である。過去の食生活では、ケのときである日常の食事では、決まりきったものを食べるのが普通であった。それに対して祭りや行事のときであるハレの食事は、ふだんと違う何種類もの「かわりもの」から構成されるべきであるとされていた。現在の家庭の晩飯は、過去の水準からすればハレの食事に等しい。われわれは神の不在の祭りの食事を日常的に食べるようになったのである。

  ★ 石毛直道。杉田浩一・石毛直道編『食の文化フォーラム 日本の食・100年〈つくる〉』より。

主人公とヒロインを声援できるか。悪玉を野次れるか。動きは速く猛烈か。 ── 答えがイエスならば、そのアイデアをひっつかんで制作にかかれ。

  ★ アラン・ラッド2世。『STAR WARS』のプロデューサー。『ニューヨーク・タイムズ』より。ラッドの法則。

 出典はどこだかの女性誌らしいのだが、そのコラムの筆者(名前は知らない)によれば、都会では犬を飼うのがおしゃれな生き方なのだそうだ。理由は、都市で犬を飼うことは「犬を飼うに足る居住空間を有している」ということであり、それはとりもなおさず犬の飼い主が一定以上の資産の持ち主であることを意味しているからだというのだ。

 ってことは、アレか? あんたの言う「おしゃれ」というのは、そのまんま「資産」のことなのか?

 ずいぶん前から、私はこの「おしゃれ」という概念があらゆる対象(食べ物、生き方、恋愛などなど)に当てはめられつつあることを不快に感じていたのだが、このたび、その「おしゃれ」が結局は所有不動産の時価総額を示す指標であるに過ぎなかったことを知るにおよんで、ますます落胆しています。まったく。

  ★ 小田嶋隆『小田嶋隆の岩窟党宣言』2002年2月1日号より。


出版社が損をする本のおかげで学問は進歩する。

  ★ フラー。

守備の甘いところへ打つのがコツだ。だからおれは場外へ打つ。

  ★ 映画『夢を生きた男 ザ・ベーブ』より。

趣味ということは馬鹿にはできない。人間の上等・下等は趣味で決まる

  ★ 出所不明。

趣味というのは浪費しなくてはいけません。浪費することが誇りなのです。少しでも実益のあるものは、趣味の風上にも置けないのであります。健康に良いとか、人間関係が築けるとか、家族も一緒に楽しめるとか、彼女にウケが良いとか、そういう実益があるものは不純です。

  ★ 森博嗣『すべてがEになる』より。

主よ、天から降りてきて、あなたのお造りになったこの世界をよく見て下さい。

  ★ ユダヤの格言。

純粋な“能力”なんてないよ。何をするかが問題で、目的のない単なる能力なんて意味ないよ。

  ★ 村上亘寛『「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た』より。

準備もできていないのに、やりたいという資格はない。

  ★ イチロー。

小学生のときのような無防備な恋。

  ★ 石原真理子。

小学校の頃は、嫌いな子が隣の席になると、絶望して学校に行きとうのうなることあったやんか。
世界が狭いき、嫌いな子がそばにおるとキリキリしたがやね。
存外、塾とかピアノとか学校以外の世界があると、嫌いな子の1人や2人、どうでもようなるにねぇ。

  ★ 映画『海がきこえる』より。

将棋は勝負が終わると、敵・味方が同じ箱に収まるでしょう。いいでしょう?

  ★ 永六輔『一般人名語録』より。

状況証拠に過ぎない!

  ★ 如是我聞。

正直に白状してしまうが、おれは勇気のある割合に智慧が足りない。

  ★ 夏目漱石『坊っちゃん』より。

常識の殻を破りたいとは、誰でも考えていることだ。しかし、その殻は非常に強固なものなので、いかに待っても自然に割れてはくれない。

  ★ 星新一『進化した猿たち』より。

常識はいつでも破ることが可能である。

  ★ J・フェドローヴィッチ、工藤幸雄『共産国でたのしく暮らす方法』より。

常識は、知覚体験という、堅固だと思われる岩盤に錨を下ろしている。知覚の事実を核として、常識は、ひとつのテキスチャーとしての概念世界を形成する。その織地は言葉でできており、そのどの部分にも知覚体験が染みわたっている。例えば「面」「線」「点」など抽象的な幾何学概念にも、確かに、立体物の表面や縁や隅を触ったりする、日常の知覚体験がまんべんなく浸透している。

  ★ 山川偉也『ゼノン 4つの逆理 ── アキレスはなぜ亀に追いつけないか』より。

上司の慶事より部下の弔事。

  ★ 佐々淳行『わが上司 後藤田正晴 ── 決断するペシミスト』より。

小市民はいつも挑戦者を笑う。

  ★ 『アイシールド21』より。

小人の学は耳より入りて口より出ず。

  ★ 荀子。

小人の小人ぶりにいちいち腹を立てていたひには、とても大事はなせぬぞ。天下小人に満ちいる時だ。

  ★ 吉川英治『三国志』より。誰だったかに腹を立てる張飛に関羽がこう言って諫める。

小説家の本来のつとめはロマネスクなものを行動に翻訳すること。ロマネスクなものとは夢想、喜悦、悲哀、自己との対話など、礼節と羞恥が口にすることを妨げるところのもの。

  ★ 出所不明。

肖像がモデルの顔を写実的に描くことに熱心になったのは、美術が、個人の人格に関心を示しはじめた近世以降のことである。

  ★ 西岡文彦監修『デザインの読み方 ── デザインの見方・見どころ・考え方がひと目で理解できる完全見取図』より。

冗談じゃない。名古屋をでっかい田舎というなら東京はでっかい名古屋だ。

  ★ 小田嶋隆『我が心はICにあらず』より。

仕様です。

  ★ 如是我聞。

少年でいることはいつも限りない「負い目」であり、屈辱である。

  ★ 中島らも『啓蒙かまぼこ新聞Click Here!』より。

 ショウとチャーチルは仇敵の間柄だった。
 ショウがチャーチルに送った手紙。
── 私は、閣下のために、私の劇の初日の切符を2枚用意してあります。お友達と……“もしおありでしたら”……ご一緒にどうぞ……
 チャーチルの返事。
── 残念ながら初日には出席できません。2日目が……“もしあるのでしたら”伺いましょう。

  ★ 立川談志『家元を笑わせろ!』より。

少年忍者の顔、思い出すのぐらいムズいっす。

  ★ 田上よしえ。

商売の真髄は、コストカットにある。

  ★ 堀江貴文『堀江貴文のカンタン!儲かる会社のつくり方』より。

消費者(コンシューマー)という言葉と人(パーソン)という言葉がまったく同義語になってしまっている。

  ★ アラン・ダーニング『どれだけ消費すれば満足なのか』より。

消費者に対して、これらの商品がマイナスイオンが発生するとは謳うが、その健康効果については謳わない。

  ★ Kazuhiko Zushi。松下電産のマーケティング・スーパーバイザー。自社が売るマイナスイオン商品について。2002年6月6日のAP電より。まあ健康効果を謳っちゃうと薬事法も絡むだろうし、このあたりは「ほのめかし」にとどめておいて消費者に勝手に期待させて逃げるのが得策だってことですな。原文→ Kazuhiko Zushi, supervisor of marketing at Matsushita, stresses that his company only tells buyers the machines release negative ions, which are plentiful in natural settings, but stops short of claiming health gains."We are not selling a medical product," Zushi said. "If scientists one day prove health benefits, then that would be different, but we are not pushing that now."

消費の殿堂デパート建築に多大な影響を与えた、芸術の殿堂としてのオペラ座。この貴族的社交空間のイミテーションであり、大衆が着飾った自分自身を見せに行く場という性格を持つことで、一層の集客力を誇るようになった。

  ★ 西岡文彦『編集的発想 ── 「知とイメージ」をレイアウトする』より。

勝負は、つまるところ、自分との戦いである。が、自分に勝ったからといって、必ずしも勝負そのものを制したことにはならない。

  ★ 小山薫堂『小説・料理の鉄人1』より。

条文を厳格に運用できない人々に憲法改正を論ずる資格はない。

  ★ 小林節。

小便小僧に何か着せたりするなよ、オレが作者だったら怒るよ。

  ★ 永六輔『一般人名語録』より。

情報が不足しているわけじゃないよ。考えが及ばないだけだ。

  ★ 森博嗣『すベてがFになる』より。

情報から隔離されると、ひとは、「もしかして知らないのは自分ばかりでは?」という不安を覚える。そこで、「情報がありません」という報告も重要な情報なのである。

  ★ 佐々淳行『わが上司 後藤田正晴 ── 決断するペシミスト』より。

『消防署の方から来ました』と言う人から買った家庭用火災報知器もきちんと警報は出す。

  ★ 柘植。『kikulog』コメント欄より。

情報とは、2つ以上の違った意見である。

  ★ 岡崎久彦。

情報の双方向化は、メディアの側にもメディアリテラシーが求められる時代をもたらしたわけで、懐かしくも麗しい、古き良き20世紀のおとなしくて無力なやられっぱなしの聴衆は、もう帰ってこないのだよ。残念だが。

  ★ 小田嶋隆。ブログ『偉愚庵亭憮録』より。

賞味期限を決めたのはお前ェの知り合いか? 見たこともねェヤツが決めたことを信じるな。己を信じろ。

  ★ ドラマ『人生、成り行き 天才落語家・立川談志』より。

常連のお客様は店を好きなのであって、わたしの情熱に惹かれたわけではない。

  ★ ダニー・マイヤー『おもてなしの天才 ── ニューヨークの風雲児が実践する成功のレシピ』より。

昭和50年代、まだ私が子供の頃、五木ひろしや八代亜紀に我慢しながらお目当ての歌手の登場まで待つ、のが歌番組の視聴というものであった。子供が五木ひろしに耐えていたように、大人もまたフィンガー5を耐えていたのだろう。この我慢しながらも観ている状況こそ、曲が流行っていく過程を共有していたことだったのである。

  ★ ナンシー関『何をいまさら』より。

昭和天皇って相撲が好きだったっていうのは、あの行司が好きだったんじゃないかな。土俵の上で一番偉そうに見えて、決定権のないところがさ、誰かに似てない?

  ★ 永六輔『一般人名語録』より。

昭和29、30年生まれの世代は被害者の世代。公害病の被害者はみんなこの世代なんです。イタイイタイ病、水俣病、森永ヒ素ミルク……。団塊の世代はそれをかいくぐっている。

  ★ 如是我聞。

職業欄に「主婦」と書き込む人が日本中に数千万もおり、つまり、日本最多の職業であるにもかかわらず、この職業は、結婚を前提にしなければ成立しないという不思議なものだ。

  ★ 呉智英『封建主義、その論理と情熱』(後に『封建主義者かく語りきClick Here!』と改題)より。

食事をして、温かいコーヒーを飲んで……少し眠るんだ。人間は、そうやって生きてるんだ。君は生きてるんだ。これからのことを考えるんだ。

  ★ 浦沢直樹『MONSTER』より。

諸君が諸君自身に対して関心をもっているのと同じように、他人が諸君のことにそれほど関心をもっているなどと決して期待するな。

  ★ ラッセル。

諸君は永久に生きられるかのように生きている。諸君の弱さが諸君の念頭に浮ぶことは決してない。すでにどれほどの時間が過ぎ去っているかに諸君は注意しない。充ち溢れる湯水でも使うように諸君は時間を浪費している。ところがその間に、諸君が誰かか何かに与えている一日は、諸君の最後の日になるかもしれないのだ。諸君は今にも死ぬかのようにすべてを恐怖するが、いつまでも死なないかのようにすべてを熱望する。

  ★ セネカ『人生の短さについて』より。

諸兄らはオンナが好きか? 好きだろう。それじゃ泣いたことはあるか? 諸兄らだって心が深く傷つけられたことはあんだろう。それで諸兄らにケンカ友達がいて、ゼニが欲しくなって、チョッピリしがらみなどに耐えてるようなフリでもすれば、こりゃどこにでも居るような奴というか、男ってのはどれも同じなんだなぁなんて思わないかい。

  ★ 桑田佳祐『ケースケランド』より。

女子高校生の太ももに広告掲載すれば、宣伝効果が期待できる企業も、掲載料が入ってくる女子高生も、太ももを凝視できる消費者もみんな幸せになる。

  ★ natrass。twitterより。

助手席に乗ったときもシートベルトをするが、こんな不可解なことをいう人がいる。
「あれっ、オレの運転、信用できないっていうの?」
こういう人は、単純な物理的な問題を精神論と混同してしまっているのだ。

  ★ 村野まさよし。雑誌『JAF MATE』より。

徐々にエスカレートする話は、読者を引き込みやすいのである。

  ★ 星新一『できそこない博物館』より。

女性が髪を切ってくると、反射的に「おや、失恋でもしたの?」と声をかけるオヤジがいますが、そういう無神経でかつ工夫のない人間にだけはならないようにしましょう。

  ★ 石原壮一郎『大人養成講座』より。

女性が、男性の前で涙を見せるのは、悲しいからではなく、相手をコントロールしようとするためである。

  ★ 富田隆『デートの心理学』より。

女性に「可愛い」と言われた時、その人の価値は下がる。

  ★ 出所不明。萩本欽一はそれがわからず堕落した。

女性に立ち向かう武器は思いやりで、最後の一番残酷な手は、忘却なんだ。

  ★ ゴンチャロフ。

女性の場合、結婚という大モンダイを断るより、デートの誘いを断るほうが、技術的にはむずかしいというのは、世界的に公認されている事実である。

  ★ 斎藤勲『ソノときの台詞』より。

女性は感情をないがしろにされたときに傷つき、男性は行動を否定されたときに傷つく。

  ★ 織田隼人。

女性は結婚したほうがいい。だから、女性だけ結婚すればいいのだ。

  ★ 出所不明。

女性は自分を求める人を求めはしない。むしろ、若干冷淡な態度をとる人を求める。

  ★ ヒルディ。


女性は、「どっちがいい」ではなく、「こっちにしよう」と言える男性に“頼りがい”を感じる。

  ★ 富田隆『デートの心理学』より。

女性を理解しようなどとしてはならない。もし女性が言うことの真の意味を知ろうとするならば、聞いてはいけない。その女を見つめることだ。

  ★ ワイルド。アメリカの言語学者の言うところによると、広い意味での感情・思いを相手に伝えたい場合、言葉が伝達に果たす割合は7%に過きず、38%は声の表情によって、残り55%は顔の表現によって伝わるそうだ。「広い意味」ってのはどの程度のことをいうのか知らないけど、とりあえず人は相手の言うことなんて聞いちゃいないってことですな。

女優がペンを持ったまま、「年齢」という項目に、書き込むのを躊躇っている。様子を眺めていた事務員、
「お急ぎになったほうがいいと思いますよ。時間を空費なさっていると、事態は刻一刻と深刻になっていきますわよ」

  ★ 立川談志『家元を笑わせろ!』より。

「死より死におもむく際限のない人生」を思索し戦慄する前に、わたしどもには、端的にこの「今生」がわたしどもの問題であり、そして苦しみである。輪廻の思想によって、この「いまの生」の無限のかなたにまで延長せられた苦観は、わたしどもにとっては、いわば思索の贅沢でしかないのである。

  ★ 増谷文雄『仏陀 ── その生涯と思想』より。

ジョン・モートンスンが死亡した。いわば『人間』と題する「悲劇」の中で、自分の口にすべきセリフを全部とどこおりなく述べて、舞台を去った、というわけなのだ。

  ★ アンブローズ・ビアス『ジョン・モートンスンのお葬式』より。『死の診断 ── ビアス怪奇短編集』所収。

シラケたままに演劇を楽しむ人は、精神的に未成熟である。彼は役割に成りきることを恐れている。

  ★ 加藤尚武『ジョークの哲学』より。

知らないことが多すぎると、本当は知っているはずのことまで知っているかどうか自信がなくなってしまう。

  ★ クラウディア・フレミング「メレンゲの大逆襲」より。キンバリー・ウィザースプーン、アンドリュー・フリードマン『天才シェフ 危機一髪 世界一流レストランの舞台裏で起きた40の本当のお話』所収。

調べもしないで結論を出すのは、忙しい人の悪い癖ですよ。

  ★ 島田荘司『サテンのマーメイド』より。

知るということは、我執をなくすことだ。自分の間違いに気が付いたならば、たちどころに改めるだけの勇気がなくてはならない。

  ★ 『論語』「学而」より。五十沢二郎訳。原文は

学則不固、過即勿憚改。(学ベバ固ナラズ、過チハ改ムルニハバカルコトナカレ)

白い犬がいるとして、それを現実としよう。しかし、白い犬がいることを目で見たら、もうそれは映像という情報になる。白い犬がいる、と言葉にすれば、これも情報だ。観察され、単純化された情報であって、既に現実ではない。

  ★ 森博嗣『有限と微小のパン』より。

死をもって訴える理想など、それを自ら信じてないと暴露したに等しい!!

  ★ かわぐちかいじ『沈黙の艦隊』より。

人格などコップで掬った海の水のようなものだ。コップが割れてしまえば人格も輪郭もあったものではない。雑じり合って呑み込まれて ── そこにあるのはただ、透き通っているのに不透明な、茫洋と無限に広がる海という怪物だけだ。

  ★ 京極夏彦『狂骨の夢』より。

進化と進歩は全く違う。進化(evolution)という単語は「evolve」、絵巻物を開くという動詞から派生した。単細胞生物から多種多様な生物へと、扇を広げるように進化してきたのが生命であり、バクテリアもいればトカゲ、キリンもいる。進歩(progress)はより優れたものへ一直線に、同じ方向に進む。一方、進化は均一にはならない。多様さにこそ進化の本質がある。

  ★ 中村桂子。『読売新聞』より。

「神経が繊細だからな」
「嘘ばっかり。あんな汚い部屋でいつも暮らしてるくせに」
 事実なので反論できなかったが、心の中ではガサツと繊細は適用するジャンルが異なれば両立しうると考えていた。

  ★ 麻耶雄嵩『夏と冬の奏鳴曲』より。

真剣な恋はヒマ人の特権だ。

  ★ 出所不明。モンテスキューの言葉に、

恋愛は仕事のない人々の仕事である。

というのがある。

新興宗教というものはどれも同じだけど、核になるのはそのへんのどうしようもないジイさん、バアさんなんですよ。頭も悪い、カネもない、だけどとにかく教祖を信じきっているという人たち、それが何十人か何百人か核になれば、あとは雪だるま式にごろん、ごろんところがして、肥え太らせていけるんです。核が50人いれば御飯が食える。100人集まればおかずがつく。200人なら魚が食えて、300人集まればお蔵が建つ。これが新興宗教経営の極意なんだ。

  ★ 山蔭基央。『天皇の伝説』より。自らも「古神道」を称する新興宗教を率いる。

信じたいために疑い続ける

  ★ 岡林信康「自由への長い旅」の歌詩。JACKSの「ラブ・ゼネレーション」の歌詩にも

信じたいために
親も恋人をも
すべて あらゆる大きなものを疑うのだ

という歌詩がある。JACKSの早川義夫は岡林のアルバムをプロデュースしている。

真実と云うものは思ったよりいい加減なものである。

  ★ 京極夏彦『塗仏の宴 宴の支度』より。

真実に気がつけば、誰でも自信家になれます。

  ★ 森博嗣『すベてがFになる』より。

真実は、正しいと思い込むものではなく、ひとつひとつ証明されるべきものである ── どんなに本物らしく感じられようとも。

  ★ スーザン・A・クランシー『なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか』より。

真実を語って心に訴えても、女性に対しては無効である。しかし、真実の嘘は、女性を説得する最強の武器。

  ★ 出所不明。

真実を語るかぎり、言ったことを覚えている必要はない。

  ★ マーク・トウェイン。

真実を主張していて脅しに屈したら逆に信用を無くすことになる。

  ★ 天羽優子。第六十一回物理学会年次大会(2006 年 3 月)シンポジウム「『ニセ科学』とどう向き合っていくか?」概要 「水商売ウォッチング」から見えたもの」より。

信じていいんだな?

  ★ 如是我聞。

人事不省になる直前で目的地に到達しても、そこで戦闘能力が発揮できなければ、作戦行動は失敗以外のなにものでもないのだ。

  ★ 柘植久慶『グリンベレー 戦場のサバイバル』より。

神社建築の鑑賞には一般の美術にはない奇妙な約束がある。それは、神社建築が古い形式だとされながら、じつは建築自身は新しくて、しかもそれを手がかりとして古いおもかげを想像しなければならないことである。これは、そのもの自身が放つ微妙な美の感覚をもっとも大切にする芸術鑑賞において、そのもの自身ではなく、身代わりの参考品でほんものの美しさをおしはかるようなもので、鑑賞条件における致命的な欠陥であり、そのこと自身はくりかえし再言され、注意されなければならないことである。

  ★ 渡辺保忠『日本の美術3 伊勢と出雲』より。

信州信濃の新ソバよりも わたしゃお前のそばが良い

  ★ 都々逸。

信じられない信じられないって言ってると、ほんとに信じられる人を見逃すかもしれない。だから……いいじゃないですか。

  ★ 島倉千代子。

信ずるも可、信ぜざるも可、信じようとする人には信ずるに足る理窟が立つであろうし、信じまいとする人にもまた理窟が立つであろう。

  ★ 海音寺潮五郎『孫子』より。

人生が混沌であるのは、法則がないからではなく、無数の法則があって、それらが絶えず無茶苦茶に衝突しているからである。

  ★ スティーブン・ビシンツィ。アンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』の「EPIGRAM, n.【警句】」に、ジャムラック・ボロボム博士の作品として次のような警句が紹介されている。

人の心には誰かれの区別なく、虎、豚、驢馬、それナイチンゲールが住みついている。それでも人間の性格が雑多なのは、こうした動物の活動がてんでばらばらのせいだ。

人生で一番大切なことは忘却することである。

  ★ 山陰基央『よくわかる日本神道のすべて』より。

人生で一番つらい病いは、嫉妬だな。

  ★ ポール・シェルドン。ボー・バウマン編『人生でいちばん大事なこと』より。この本は13歳の男の子がたくさんの有名人に「人生でいちばん大事なことは何ですか?」と質問し、それに返ってきた答えを集めたもの。

人生というものは、本当は金ではないと思うんですよ。しかし、金という目標を設けておくと、恐らく生き易いですね。

  ★ 井上靖。

人生とはおかしなものだ。最高のもの以外は受け取らないようにすると、最高のものが実によく手に入ってしまう。

  ★ サマセット・モーム。

人生とは、締切である。

  ★ 山本夏彦。

人生とは、2気筒のエンジンで440馬力を出すことだ。

  ★ ヘンリー・ミラー。

人生とは私達自身が作るものであると同時に、私達の選んだ友人によって作られるものでもある。

  ★ 中国の諺。

人生とは、我々が稽古する時間もなしに役割を演じなければならぬ劇である。

  ★ チェンバレン。

人生なんてちょびっと頂きの連続さ。

  ★ クワトロ。

人生における大きな喜びは、君にはできないと世間がいうことをやることである。

  ★ ウォルター・バジョット。


人生には、テキストもノートも助っ人も、何でも持ち込めます。

  ★ 森博嗣『臨機応答・変問自在』より。

人生には2つの悲劇がある。1つは心の願いが達せられないこと。もう1つはそれが達せられること。

  ★ バーナード・ショー『人と超人』より。

人生に必要なのは、勇気と希望とサム・マネーsome moneyである。

  ★ 映画『ライムライト』より。

人生に目的なんぞというものを作るからあくせくと苦しみ生きることになる。

  ★ R・P・ファインマン。◎この言葉はファインマンその人が無名時代に言った言葉ではないだろう。

人生の戦いでは、かならずしも、強い者と速い者が勝つわけではない。

  ★ 作者不詳。ボー・バウマン編『人生でいちばん大事なこと』より。この本は13歳の男の子がたくさんの有名人に「人生でいちばん大事なことは何ですか?」と質問し、それに返ってきた答えを集めたもの。

人生の半分はトラブルで、あとの半分はそれを乗り越えるためにある。

  ★ 映画『八月の鯨』より。

人生の秘密をほんとうに知りたいのなら、宇宙論と、その延長である生物学の勉強をしなさい。

  ★ トマス・A・シボーク。ボー・バウマン編『人生でいちばん大事なこと』より。この本は13歳の男の子がたくさんの有名人に「人生でいちばん大事なことは何ですか?」と質問し、それに返ってきた答えを集めたもの。

人生の目的は、結局のところ知ることではなく、行動することである。

  ★ 馬杉宗夫『大聖堂のコスモロジー ── 中世の聖なる空間を読む』より。

人生の問題の解決は、その問題の消滅という仕方で見いだされる。

  ★ ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』より。「忘牛」みたいだ。

人生のやり直しができない、と思ったことは一度もない。それは、まだ自分が大人になりきっていない証拠のようにも思われた。

  ★ 森棒嗣『すベてがFになる』より。

人生のヨロコビ、ここにあり!!って感じの敗北感だよね。

  ★ super-parano。

人生は後ろ向きにしか理解できないが、前向きにしか生きられない。

  ★ キルケゴール。

人生は驚きの連続だから面白いんだよ。笑いは意表をつかれるから、心から笑えるんだよ。怒りは自分の本当に大切にしているものを傷つけられるから湧いて出るんだよ。“慣れ”が自分の一番大切なものだなんて、ちょっと情けないんじゃないかね。

  ★ 景山民夫「景山民夫の極楽テレビ」より。『宝島』連載。

  1. 人生は公平ではない。それに慣れよ。
  2. 世界は君の自尊心を気にかけてはくれない。君の気分に関係なく世界は君が仕事を終わらせることを期待している。
  3. 高校を出てすぐ6万ドルの年収を稼ぎはしない。携帯電話(当時は高かった)を持った副社長にもならない。自分で両方を稼ぎ出すまでは。
  4. 先生が厳しすぎると思うなら、上司を持ってみろ。
  5. ハンバーガーを引っくり返すということは沽券にかかわることではない。君たちの祖父母はハンバーガーを引っくり返すことを別の表現を使った。それはチャンスと呼ばれた。
  6. 君が失敗したらそれは両親のせいではない。文句を言わずに学べ。
  7. 君らが生まれる前は、君らの両親は今のように退屈な人たちではなかった。そんな風になったのは、君らのために支払いをし、服を洗い、君らがどんなにいけてるか、という自慢を聞いているうちにそうなったのだ。親の時代から生存する寄生虫から森を守る前に、自分の洋服ダンスのダニ駆除から始めよう。
  8. 学校は勝者・敗者を決めなくなったかもしれないが、人生は違う。学校によっては君が落ちこぼれないようにしてくれたり、正しい答えが導き出せるまで、何度でも機会をくれる。実際の人生とは全く似ても似つかない。
  9. 人生は学期ごとに分けられていない。夏休みは無いし、ほとんどの雇用主は君が自分を見出すことに興味を持たない。それは自分の時間にやれ。
  10. テレビは本当の人生ではない。 現実では、人は喫茶店にいつまでもいられるわけはなく、仕事に行かなくてはいけないのだ。
  11. オタクには親切にしよう。彼らの下で働く可能性が高い。

  ★ チャールズ・J・サイクス『Dumbing Down Our Kids』より。ビル・ゲイツがあるハイスクールでスピーチをした時、「学校では教えてくれない人生に役立つ11のルール」として紹介した。

人生は芝居だ! 肝心なのはその長さではなく、演技である。

  ★ セネカ。

人生は冗談だ!

  ★ ヴェルディ。イタリアの作曲家。わずか2カ月の間に2人の子供と若い妻を失い、こう叫んだという。

人生はすっぱいレモンだと感じたら、餃子をつくってみることだ。

  ★ トム・ダグラス「雪の夜、ロブスター餃子が生まれる」より。キンバリー・ウィザースプーン、アンドリュー・フリードマン『天才シェフ 危機一髪 世界一流レストランの舞台裏で起きた40の本当のお話』所収。

人生は、ならぬ堪忍のできる人の勝利です。

  ★ 坪内寿夫。

人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは莫迦莫迦しい。重大に扱わなければ危険である。

  ★ 芥川龍之介『侏儒の言葉』より。

人生は目標と達成である。だから力のある人は常にその目標を追わねばならない。

  ★ ジーコ。

人生を支配するのは幸運であり、英知にあらざるなり。

  ★ キケロ。

人生をふりかえって、じぶんがなにをしたかを考えるとき、他人をだしぬいたことや負かしたことよりも、他人を喜ばしたことのほうに、きっとたくさんの満足をおぼえるだろう。

  ★ ハロルド・クシャナー卿。ボー・バウマン編『人生でいちばん大事なこと』より。この本は13歳の男の子がたくさんの有名人に「人生でいちばん大事なことは何ですか?」と質問し、それに返ってきた答えを集めたもの。

親切だけが他人を説得する。

  ★ 立川談志。Webサイト『地球も最後ナムアミダブツ』「今日の家元」より。

信ぜよ。されど検証せよ。

  ★ ロシアの諺。

死んだ女よりももっと哀れなのは忘れられた女性です。

  ★ マリー・ローランサン『鎮静剤』より。

死んだと思ってた。
死ねば楽だよ。電話もかからない。

  ★ 映画『暴走特急』より。

死んだ途端に忘れられたくなければ、読まれるにたる物を書くか、書かれるにたることをしろ。

  ★ ベンジャミン・フランクリン。

死んでからどうなるものかわからぬに 無用心にもみんな死んでく

  ★ 出所不明。これもきっと江戸時代の川柳。

死んで花見が咲くのなら、お寺やお墓は花ばかり。

  ★ つボイノリオ「本願寺ぶるーす」の歌詩。『あっ超ー』収録。

真に幸福な結婚においては、恋愛が友情と混和していなければならない。

  ★ モーロア。

信念は嘘よりも危険な心理の敵である。

  ★ ニーチェ。

真の生の充実とは、満足や達成や到着にあるのではない。

  ★ オルテガ『大衆の反逆』より。

心配するな、間違いはだれでもやる。私は、一度も間違ったことはないけれど……。

  ★ サンクト・パウリ。

新聞や雑誌で、「管理社会」という言葉が安易に使われている。何かと言えば、管理社会のストレス、管理社会の息苦しさ。それなら、戦前の超国家主義の日本は管理社会なのか何社会なのか。いわゆる全体主義国である北朝鮮は何社会なのか。そしてそれらは現代の日本よりいいのか悪いのか。少し考えてみれば、「管理社会」がいかに安易なレッテルかわかるはずだ。

  ★ 呉智英『知の収穫』より。

進歩は効率を求める。効率とは、できるだけプロセスをカットすること。

  ★ 中村桂子。『読売新聞』より。

信用ってのはお前、相手に求めるモノじゃねえだろう。

  ★ 京極夏彦『塗仏の宴 宴の始末』より。

信頼してくれている相手を裏切ることができますか?
信頼してくれていない相手を裏切ることができると思いますか?

  ★ 出所不明。東欧のジョーク集だったと思うが。

真理とはそれなくしてはある特定の生物種が生きていけなくなるような種類の誤謬である。

  ★ ニーチェ『権力への意志』より。

真理の発見にもっとも大きな妨げとなるものは、事物から発して人を誤謬に誘いこむ偽りの仮象ではなく、また直接には知性の弱さでもない。そうではなくて、それは先入観、偏見であり、これが一種の似而非ア・プリオーリとなって真理を妨害する。そのときそれは、船を陸地が横たわる唯一の方向から押しかえす逆風のごとく、かくては舵や帆のはたらきも無駄なことになる。

  ★ ショーペンハウエル『知性について』より。注)ア・プリオリ(a priori/ラテン語)=経験に先行し、あとから来る経験に統一を与えるもの。先験的。←→ア・ポステリオリ(a posteriori)

真理は恒久不変ですが、真理に則った在り方と云うのは、その時その場所の社会環境によって変化するべきでしょう。

  ★ 京極夏彦『陰摩羅鬼の瑕』より。

真理を求めるものにとって宗教は道標である。しかし、すでに真理に到達した人々にとっては、宗教はなんの権威ももたない。彼が宗教の創始者なのである。

  ★ トマス・サミュエル。田辺祥二『禅問答入門』より。

人類が言語を持った時、人類はそれまで持っていた他人との距離感覚が狂ったことだろう。
人類が交通手段を持った時、人類はそれまで持っていた地理的な距離感覚が狂ったことだろう。
人類が文字を持った時、人類はそれまで持っていた時間的な距離感覚が狂ったことだろう。
人類が手紙を持った時、人類はそれまで持っていた他人との距離感覚が狂ったことだろう。
人類が電話を持った時、人類はそれまで持っていた他人との距離感覚が狂ったことだろう。

  ★ 如是我聞。

人類という軍隊はもはや隊長ばかりで構成されている。

  ★ オルテガ『大衆の反逆』より。

人類は呪われている。世界は決して終わることはないのだ。

  ★ 星新一『進化した猿たち』より。


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