<今号の名言>集


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赤色のマーク(など)が最終更新分です。










傍観者は全ての発言権を失う。

  ★ かわぐちかいじ『沈黙の艦隊』より。

奉公人のおかずは、味より見場でっせ。

  ★ 映画『ぼんち』より。

某社のハンバーガーの肉はミミズの肉だといううわさも、その一例だ。しかし、合理的に考えれば、牛肉の安い肉100グラムよりミミズ100グラムの方がはるかに高価なことがわかるはずだ。だが、ある大学で学生を使って実験をしたところ、この種の合理的宣伝は、うわさを打ち消す何の力もなかった。カプフェレは言う。「うわさは、一切の確信が社会的なものであることを証明する。つまり、われわれが属する集団が真だと見なすものが真なのだ」と。きわめて挑戦的な結論であり、この難問への解答は容易には見つからない。しかし、近代の知は、このように足元を掘り崩されつつあるのだ。

  ★ 呉智英『知の収穫Click Here!』より。

方針の決まらん政治家は役人以下だ。

  ★ 田中角栄。早坂茂三『オヤジとわたし 田中角栄との23年』より。

暴走族は音読みはそこそこイケるが、訓読みはさっぱりなんだ。

  ★ 長井秀和『デブはダイエット飲料だと3倍の量を飲む』より。

包帯を巻いてやれないのなら、他人の傷にふれてはならない。

  ★ ヘッロ。

法と正義は2つの異なった抽象概念で、共通なものはほとんどないのだ。

  ★ ウィリアム・P・マッギヴァーン『死刑囚監房』より。

方程式を組み立てる。あとは、コンピュータが解いてくれる。答えを求めることは、計算と同じで、高等なレベルの仕事ではないんだ。いつも言っているけどね、人間の能力とは、現象を把握すること、そして、それをモデル化することだ。現象と現象の関係を結ぶことだよ。それはつまり、問題を組み立てる、何が問題なのかを明らかにすることだ。それができれば、もう仕事は終わり。

  ★ 森博嗣『有限と微小のパン』より。

忘年会ってものがあるのは、日本だけなんだってね。日本人は、その年のことをさっぱり忘れて、新しい年を迎えようってわけだ。過去の不幸な歴史なんか、忘れるわけさ。

  ★ 永六輔『一般人名語録』より。

ほう、降ってるかい。やっぱりクリスマスにゃ、雪がないよりある方がいい。

  ★ さいとうたかを『ゴルゴ13』より。

ホームページとは、作ることが「目的」じゃない。自分の脳ミソから効率よく情報発信をし、それを魅力と感じて集まってくれた人から情報を受け取るための「手段」だ。

  ★ Webサイト「斎藤Site」管理人。

坊や! ウチは鮨屋だよ、鮨屋ってのは大人の店なんだ。だからジュースなんか置いてないんだよ。坊やのお父さんは客だけど、君は客じゃないんだ。

  ★ 永六輔『一般人名語録』より。

法律は生きた人間のためにあって、死んだ人間に関しては、どうでもいいんですか?

  ★ 如是我聞。

「法隆寺は千三百年持っているから、自分たちの作るものも千三百年以上持たさないと」そう言う人もいますが、それは違います。法隆寺なんて偶然で持ってきているんです。千三百年前の人は、持たせるために作ったわけではないでしょう。持っちゃったんです。

  ★ 小川三夫。『ほぼ日刊イトイ新聞』「法隆寺へ行こう!」より。

暴力団て、金があるようでいて、たかがピストルの自主製作もできないんだね。

  ★ 永六輔『一般人名語録』より。

ボウリングのことガタガタ言う奴は、ガターに落ちて地獄行きだー!!

  ★ 浦沢直樹『20世紀少年』より。

ボウリングやるときガター狙って投げる奴あいない。ストライク狙って投げなきゃあ始まらねえ。

  ★ 浦沢直樹『20世紀少年』より。

「ボーイ! 騒ぎが始まる前に一杯くれ」
飲み干すと、
「ボーイ! 騒ぎが始まる前に急いでもう一杯」
また飲み干すと、さらに一杯、もう一杯
「騒ぎが始まる前に最後の一杯をくれ」
「お客さん、いったい何の騒ぎが始まるんですか」
「俺は金を持ってないんだ」

  ★ 立川談志『家元を笑わせろ!』より。

ポールがいなかったら、この自動車もただの自動車であり、この雪もただの雪であり、この灯もただの灯であり、そしてこの帰途もただの帰途であったに違いない。

  ★ ジャン・コクトー『恐るべき子供たち』より。

ボールに触るのは1人であり、ゴールするのも独りで、スクラムゴールはない。

  ★ 友人。

法令は悪を誅する所以にして、善を勧むる所以にあらず。

  ★ 陸賈『新語』より。

ほかに負け犬にならない道があるなら言ってみろっ!!

  ★ 雁屋哲原作・花咲アキラ作画『美味しんぼ』より。

「他にも使えるからお買得」拡張性というやつです。「これを買っとけば、ソフトを入れ換えるだけで名簿管理とか、表計算とか、おまけに青色申告までできちゃうんですよ。プリンターも安いのは3万円、高いのは何百万円までのがこれにつながったり、もう組合わせで何でもできちゃうんです」というちょいとオーバーなトークにだまされたという人もいるでしょう。まあ、ワープロだって負けてはいません。たしかに、パソコンに載っているソフトに比べればオモチャみたいなものですがとりあえずはできます。しかし、「あたし結婚したらお料理も家事も覚えてがんばるわ」なんていって結婚を迫る六本木のバカ女の拡張性にたとえておきましよう。

  ★ 粟野邦夫『マニュアルには書いていない電子道具の使いこなしテクニック』より。

「他のことならともかく、ギャグに注文出されたって変えようがありませんよねえ」
 その通りだ。自分がこれがいちばん面白いと思って描いているものを、たとえ編集者にせよ「こうしたほうが」といわれて変えられるはずがないのだ。他人10人が笑ってくれても自分が面白くなければしょうがない。ここで犯しがちな過ちは、その折衷案を出すこと。両方とも笑えなくなる。プロならばまったく別の第3案を提示すべきなのだ。

  ★ とり・みき『とり・みきの大雑貨事典』より。この場合は漫画家のこと。

ぽかんと花を眺めながら、人間も、本当によいところがある、と思った。花の美しさを見つけたのは人間だし、花を愛するのも人間だもの。

  ★ 太宰治『女生徒』より。

ぼくが1日休むと、日本が1日遅れます。

  ★ 古市公威。

僕が田舎者という言葉を使うとすれば、それは出身地とは何の関係も無い。東京で生まれた奴だって、自己中心にしか物事を考えられず、地域社会の中でそこに協調した生活ができず、思いやりも譲り合いの精神も持たず、そして、都市生活者だからそんなことに無縁でも生きていけるのだと思い込んでいるバカは多い。自分の生活している空間に愛情を持てない人間は、その地域に本質的には属していないという意味で、田舎者なのである。

  ★ 景山民夫『だから何なんだ』より。

僕がおいしいと言えばそれは僕の料理なんですよ。

  ★ 大宮勝雄。

僕が国内で戦っている時は富士山しか見えなかった。F-1というエベレストがあることに気がついたから海外へ出た。

  ★ 中嶋悟。◎このころの中嶋さんは、なんか謙虚だという感じがしたもんだが、今の中嶋さんはなんかやたらえらそう、に見えるのは僕だけだろうか?

僕が志向してるのは、同世代音楽なんだ。今年で30だから、25から35歳くらいのためのね。僕と、同じ時代の空気に触れて成長し、今も同じような日常を持ってる、彼らに向けての歌しか唄いたくないな。いつまでも18歳の心の琴線に触れる歌を作っていく方法もある。彼らが20歳になったら、新しい18歳を対象にするっていうね。だけど僕にとっての命題は、自分と同じ世代の人間を、演歌に奪われないで、どれだけポップスに引き止めておけるかってこと。

  ★ 山下達郎。

僕自身もこれからもでかい仕事はできると思ってるんですよ。今でもできてる。でももっとその先の仕事ができると思っている。だって彼らが言うところのでかい仕事は見えてるわけですよ。何年か先にはできるな、と。「双六」みたいなもんですよ。「双六」ってゴールがあるところがわかるじゃないですか。じゃああと何回サイコロを振ったらそこに行くんだ、「6」を何回出さなきゃいけないんだって、そういう世界。ゴールが見えちゃってるのに、そのゴールを目指すために一生を終えたくないんですよ。

  ★ 堀江貴文『「僕は死なない」』より。

ぼくたちが「顔」と読んでいるものは、顔面の物理的な造形のことではない。顔面というメディアに映し出されるさまざまな情報=表情のプロセスの総体のことを、僕たちは「顔」と呼んでいる。

  ★ 山崎浩一『情報狂時代Click Here!』より。

ぼくたちが、たとえば天下国家を語る正論や一般論ならスラスラと論じたり書いたりできたりするのも、実は「しょせんは自分に関係ない」と思っているからなのかもしれない。

  ★ 山崎浩一『危険な文章講座』より。

ぼく達の習った正義とは、正しいことをすることじゃなくて、ただ相手を威圧するためのお題目なんだと悟った。

  ★ 手塚治虫『アドルフに告ぐ』より。

僕たちは、ビートルズを知りたくてビートルズを聴いたのではない。自分が何者なのを知るために音楽を聴いたり創ったりしているのだという思想がまさにロックだった。

  ★ 早川義夫「エッセイ9 音楽には感動というジャンルしかない」より。

僕っていう男はたった1人の女性すら幸せにすることが出来ないダメな男なんです。
幸せにしてやる?大きなお世話だ。女が幸せになるには男の力を借りなきゃならないとでも思っているのかい? 笑わせないでよ。

  ★ 映画『男はつらいよ』より。

僕、テクノの人だし。

  ★ 佐久間正英。「ボカロで「自由」を手に入れた 佐久間正英が語る音楽の未来」より。

ボク、“どうすれば子供ができるか”知ってるよ。
あたしは“どうすればできないか”知ってるわヨ。

  ★ 立川談志『家元を笑わせろ!』より。

僕の思念、僕の思想、そんなものはありえないんだ。言葉によって表現されたものは、もうすでに、厳密には僕のものじゃない。僕はその瞬間に、他人とその思想を共有しているんだからね。
では、表現以前の君だけが君のものだというわけだね。
それが堕落した世間で言う例の個性というやつだ。ここまで言えばわかるだろう。つまり個性というものは決して存在しないんだ。

  ★ 三島由紀夫『旅の墓碑銘』より。

僕のまずい歌をいいと認めてくれた男の人がいる。素通り出来なかった人がいる。信じ通してくれている人がいる。だめな時は黙っていて、いい時はいいと言ってくれる人がいる。能力のない僕が、裏切れない、頑張ろうと思う時は、ふとそんな人たちのことを思う時だ。

  ★ 早川義夫。Webサイト『早川義夫公式サイト』より。

僕の友人は、寝ていると夜中にベッドの向こう側から黒いものが現れたので拳銃を取り出した。そして自分の足の指を撃っちまった。だから第一印象なんてあてにならないのさ。

  ★ 映画『砂漠』より。

僕の理想からすれば、デザインは最低でも『スターウォーズ』か『2001年宇宙の旅』。なのに、ガンダムでは船の形をしたホワイトベースが宇宙空間に浮かぶ。そんなの、僕にとっては許しがたい暴挙なんです。ムサイなんか、もう本当に腹立たしい。冗談じゃないよ、こんなもん世に出せるか!って。科学的にそんなデザインがありえるわけないのに、当時のアニメ関係者や視聴者も含めて、誰も何一つ不思議に思っていないことがもの凄く嫌だった。でも、現実にスポンサーはオモチャ屋なわけだから、そこは落とし前をつけなければいけない。あー大衆とかオモチャ屋に迎合するっていうのはこういうことか、大衆娯楽なんていうのはこんなレベルなのか、ほんとに嫌だよね、と思ったのが僕にとってのファーストガンダムだったんです。

  ★ 富野由悠季。『THE BIG ISSUE』より。

ボクはいつも若い連中に言うの。好きなジャンルは問わない、いいものならノンフィクションだっていい、詩集だっていい、SFだっていい。だけど、純文学ってなんだ? 自分の内面の未熟さを改めて見つめなきゃならない本が、お前楽しいか。俺たちはカネ出して本を買うんだぞ。ならば一瞬だけでもこの地獄から抜けようじゃねえか(笑)。

  ★ 内藤陳。

 僕は今、ひっそりと独房の片隅で静かに微笑み続けている。人々は空想するだろう。大都会の一隅、巨大なコンクリートの城の、とりわけて頑丈な死刑囚の仄暗い独房で、死刑囚の生は虫ケラの如く醜く死臭に満ちたものであろう、と。
 たしかに、この小室はくらい。それに何と寒いことだろう。今朝がた、すこし射しこんでいた日光は、もはや明日まで望むべくもない。成る程、この光景を他から空想するとすればいかにも圧倒的な死の凶兆しか見出し得まい。
 ところが……僕は絶望してはいないし、泣いているわけでもない。恐怖感も抱き得ない程不感症なのだろうか。
 どういたしまして。僕は唯、さっきのんだサイダーが如何にも旨かったので、絶望しないのだ。

  ★ 生田昭。1953年のメッカ事件の死刑囚。彼の「日記帳」より。

ぼくは生まれながらの傍観者である。子供にまじって遊んだ初めから大人になって社交上尊卑種々の集会に出て行くようになった後まで、どんなに感興のわき上がった時も、ぼくはそのうずまきに身を投じて、心から楽しんだことがない。ぼくは人生の活劇の舞台にいたことはあっても、役らしい役をしたことがない。

  ★ 森鴎外『百物語』より。

僕は映画は監督のものだけれど、テレビはホスト(司会者)のものだと思っています。

  ★ 大橋巨泉。

僕は謙遜を美徳の1つと考えている人々には同意できないんだよ。論理学者はあらゆる物事をあるがままに正確な姿で見なければいけない。自分自身を実際より低く評価するのは、自分の能力を過大視するのと同じように真実からそれることだ。

  ★ コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの回想』より。

僕は個性を全否定するんです。いきがって好きだけで作品をつくるなと。世の中には1つの個性だけでつくって許される才能というものがあるんだ。それは天才だけなんだって。どだい自分の世界観なんてたかがしれている。自分1人の個性だけでつくったような映画はその時代だけで終わる。ファーストガンダムから、僕はそういうことを教えられました。

  ★ 富野由悠季。『THE BIG ISSUE』より。

ぼくは銃の使い方を修得しない武道家はインチキだと思うな。だって武道は、そもそもはある種の戦闘技術として生まれてきているわけだ。だから、その時代で支配的な攻撃手段についてきちんと勉強して、それに対してどういうふうに抵抗するかを考えない武道というのは、現実に対して目を閉ざしているわけだ。銃ってものがあることを否定するわけにはいかないだろう。それがないふりをするのはごまかしだよ

  ★ エリック・S・レイモンド。インタビューより。

僕は、ずいぶん、もてたいと思うことがあるけれど、もてている人間は、きまってふっている。あれは、もてるから、ふるんではなくて、どうやら、ふるから、もてるらしいのだ。

  ★ 早川義夫『ラブ・ゼネレーション』より。

僕はずっと1人ぼっちでいるせいか、人と話すと自分のことばかり話してしまう。

  ★ ゴッホ。


僕はそこで傍にあった木の切株に腰を下ろして待っていたんだ。
どれくらい待ってた?
随分長い間だった。……気付いてみたら、石炭の上に腰を掛けてたんだ。

  ★ 出所不明。何かのジョーク集だったと思うが。

ぼくは誰よりも速くなりたい。寒さよりも、1人よりも、地球、アンドロメダよりも。

  ★ 阿部薫。

僕は、年上には友だち口調で、年下には敬語を使うんですが、ウチの子たちもそれを学んでいます。
それは、どうしてですか?
若いヤツが正しいからです。僕が若いときに、正しいと思ったことを年上の人は聞き入れてくれなかったんです。でも、僕が正しかった。だから僕は、若いヤツが正しいと決めたんです。

  ★ ブラザー・トム。聞き手は久保純子。『JAFメイト』より。

ボクは長い間司会をやっいたけど、そこで話す事によりミュージシャンのプレイが変わる。そこでボクの話がまた変わる。これがジャズだと思うし、評論行為とはこの対応関係にあると思うんですよ。普通の評論家は、自分は演奏してないっていうコンプレックスがあるから一寸批判されるとすぐ引っ込んじゃう。そんな時"冗談じゃない、オレはジャズをやってるんだ"と言い切れない評論家は止めた方がいいと思う。

  ★ 相倉久人。

僕はね、台本読んで笑えんような番組は、テレビを見てる人もおもしろうないと思う。

  ★ 尾上たかし。

僕は……僕らは同じ時を生きてゆこう
 わずか1グラムでも たとえ1センチでも

  ★ brats on B「世界を変えて」の歌詩。作詞は小森将信。

僕はむしろ、知れば知るほど、知っているという態度をせぬような、もしくは、知っていることが、恥であるような人間になりたいと思うのである。

  ★ 早川義夫『ぼくは本屋のおやじさん』より。

僕はもちろん精神論者でもなく、「一生懸命やる」とかそういうことを言う人間ではないし……、そんなのあって当たり前だと思うし。

  ★ 中田英寿。

ぼくは若い人が若さを根拠にえらそうにいうのもいやだし、年長者が年長であることを根拠にえらそうにいうのもいやです。

  ★ BAOH!!。『ミクシィ』より。

僕らのひいおじいさんたちは、テレビもラジオも知らなかったんだって。どうしていたんだろう?
だからもう死んじまったのさ。

  ★ 出所不明。東欧のジョーク集

僕らはアニメを作ったりゲームを作ったりしている。すると、「勇気をもらいました」「元気をもらいました」って言ってもらえるんですよ。『トトロ』みたいな正統派の子供映画だと、そういうことはもっと多いと思います。でも考えたら、勇気とか元気しか与えられないんです。

  ★ 岡田斗司夫『遺言』より。

ぼくらは「期待しない時代」に住んでいるのだ。

  ★ ポール・クルーグマン『クルーグマン教授の経済入門』より。

ぼくらは飛べない鳥じゃなかったはず
君は翼があることを知って 恐かったんでしょう?

  ★ 甲斐バンド「ポップコーンをほおばって」の歌詩。

僕らは何々をわかるということや、何々を知るということだけが人生でないと思っています。

  ★ 早川義夫『ラブ・ゼネレーション』より。

僕らは未完に終った夢の切れっ端をいつもポケットに詰め込んで歩いているのだろう。いつかその夢の続編を見れることを夢見て、人から見ればがらくた同然の夢の破片を握りしめている。

  ★ 中島らも『啓蒙かまぼこ新聞』より。

誇りはね、するべきことをした者だけが持てるものなのよ。

  ★ テレビドラマ『お願いデーモン』より。

誇りは踏みにじられても消えはしない。自分が消さない限りは。

  ★ テレビドラマ『チャングムの誓い』より。

ポスターが裸体を屋外化し、印刷が誘惑を公共化した結果、人々が、理想の恋人を銀幕や写真の中に求め始めた時代が近代である。

  ★ 西岡文彦監修『デザインの読み方 ── デザインの見方・見どころ・考え方がひと目で理解できる完全見取図』より。

ポスターによる画像と文字の氾濫は、都市そのものを、解読されるべきテクストへと変容させた。

  ★ 西岡文彦監修『デザインの読み方 ── デザインの見方・見どころ・考え方がひと目で理解できる完全見取図』より。

 ポスターは電報のようなものである ── とは、カッサンドルの有名な言葉である。
 絵画はそれ自体が目的であるが、ポスターは産業と大衆を媒介する伝達期間に過ぎない。ポスター作家は、電報のオペレーターのようなもので、メッセージの伝達はするが、自らが発信することはない ── とも彼は語っている。
……
 カッサンドルの、「誰もポスター作家に助言など求めない。求められているのは、明快で強力な伝達手段の提示のみである」という言葉は、こうした職業的な自覚の現われである。
……
 その洗練は、先のカッサンドルの言葉にも象徴される。自らは主張や主題を放棄し、伝達の手段のみに専業的に携わるポスター作家ならではの、方法論への徹底の成果にほかならない。
 ポスター作家の特質は、この手法への耽溺にあり、作家としての限界と苦悩もまた、この無主題性にあった。

  ★ 西岡文彦監修『デザインの読み方 ── デザインの見方・見どころ・考え方がひと目で理解できる完全見取図』より。

母性愛がある、真の女らしい女たちが男の力を愛するのは、男の弱さを知っているからである。

  ★ モーロア。

ほっといたら誰かがやるような仕事はほっといたらええ。

  ★ 岡崎俊也。

没落してゆく民族がまず最初に失うものは節度である。

  ★ シュティフター。

ほとんどの日本人選手は、世界と日本の差を計る際に三浦知良を基準にしてきた。

  ★ 金子達仁『28年目のハーフタイム』より。

ほとんどの人間は、自分の生きてきた時代を遡って、過去の歴史的な習慣にも縛られるものだ。それを非難するつもりはない。人間ほど歴史を後生大事にする生き物はいない……。

  ★ 森博嗣『すベてがFになる』より。

ほとんどの人にとって読書とは、教養という美名に隠れた恥ずべき暇つぶしにほかならない。

  ★ E・ティムネット。

ほほう、のど越しの良いワインですか? さぞや尿道越しの良い尿になるんでしょうね? お嬢さん。

  ★ 小田嶋隆。Web日記「偉愚庵亭日乗」より。


ぼ、僕とお付き合いを前提に結婚してください!

  ★ 岩坂多佳子。

「ホメオパシーの科学性」ってのは、「アンパンマンふりかけ」みたいなもんですな。

  ★ 如是我聞。

ホリエモンとかの金持ちはお金を稼がない人を見るのが好きなんだよね。

  ★ リリー・フランキー。Webサイト『テレビ・ラジオ・芸能1000ネタ大行進』より。

惚れた数から振られた数を 引けば女房が残るだけ

  ★ 都々逸。

ボロは着てても心は錦。

  ★ 水前寺清子の歌の歌詩だったと思う。

本格的な哲学説に関して、それをその真髄において批判したり乗り越えたりすることは、実は不可能なことなのである。なぜなら、問題を共有してしまえば、もはやその問題を超えることはできず、それができると感じる人は、そもそも問題を共有していない(ウィトゲンシュタインの言葉を借りれば「別の世界に住んでいる」)人だからである。本当に理解できたならもう決して超えることができない ── ここに哲学というものの素晴らしさと恐ろしさがある。

  ★ 永井均『ウィトゲンシュタイン入門』より。

本格的な哲学は、哲学なるものの存在を許さない。これは哲学の宿命である。哲学一般の価値を称揚するのは、哲学の教師たちだけである。

  ★ 永井均『ウィトゲンシュタイン入門』より。

本気で会社をつくろうと思っているのだったら、いつかは踏ん切りをつけなければならないのである。だったらそれは、今しかないはずだ。

  ★ 堀江貴文『堀江貴文のカンタン!儲かる会社のつくり方』より。

本社・本部に人がたくさんいてはダメである。人間のために仕事をつくる。

  ★ 樋口武男『熱湯経営』より。

本職? そんなものありませんよ。バカバカしい。もしどうしても本職っていうんなら、『人間』ですね。

  ★ 岡本太郎。

本隊のない尖兵には、破壊だけがあって建設の責任がない。

  ★ 日本の歴史5 北朝と南朝』(読売新聞社)より。

本当に生きる、ということは死んでもいいということだ。

  ★ 岡本太郎。岡本敏子『岡本太郎の遊ぶ心』より。

本当に命が大切ならば車の使用をやめるべき。故に、命はそれほど高いものではない。

  ★ 出所不明。

ほんとうに欲しいものを手に入れるまでは、立ち止まってはいけない。でも、その前にまず、トイレの場所を確認しておくこと。きっと必要になるからね。

  ★ ダン・シャーコウ。ボー・バウマン編『人生でいちばん大事なこと』より。この本は13歳の男の子がたくさんの有名人に「人生でいちばん大事なことは何ですか?」と質問し、それに返ってきた答えを集めたもの。

本当に別れようと思っているのなら、決然とした態度で臨まなくてはいけない。相手は「どうしようもないひと」といういわれ方に対しても愛の一片でも感じとろうとしているのだから。

  ★ 現代言語セミナー『今度こそ、さようなら ── 新・別れの言葉辞典』より。

本当のことを伝えるためには、本人が誇張と思うくらいに書かないと伝わらんという気がする。

  ★ N。

ほんとの意味での裕福という観念が不明な分だけ、芸術に対する評価もいまいち盛り上がらないんだよ。

  ★ 桑田佳祐。

ほんとの私を知ってほしい? そういうこと、ぬけぬけと言わないでください。あなたは自分の何を知っているというのか!

  ★ 伊藤守『恋の法則l00』より。

本なんていうのは、読まなくてすむのなら、読まないにこしたことはない。読まずにいられないから読むのであって、なによりもそばに置いておきたいから買うのであって、読んでいるから、えらいわけでも、知っているから、えらいわけでもないのだ。

  ★ 早川義夫『ぼくは本屋のおやじさん』より。

本音で生きろなんて言うけど、建て前で生きるのもカッコいいよ。

  ★ 永六輔『一般人名語録』より。

ほんの少ししか知らないことが、いちばん人を疑い深くする。

  ★ ベーコン。

本は、いちばん身近なものでありながら、なおかつ誰にも迷惑をかけずに人のなされたことを勉強できるものです。

  ★ 斉須政雄。

本は人生の独酌のための、最古の発明品ではあるまいか。

  ★ 安野光雅『算私語録その3』より。

本物ばかりをありがたがるのは、人間が二流である証拠だ。本物というのはどうも本物ということにあぐらをかいてしまう傾向がある。そういうわけで、私はむしろ、まがいものが本物に似ようとしてする、哀切な努力を買う。

  ★ 小田嶋隆『我が心はICにあらず』より。ニューハーフは「本物の」女性に対してこう感じているようですね。……小田嶋氏はこう言うが、私は哀切な努力よりむしろ偽物がそれ自身の存在によって本物を相対化する、そのパロディ性を評価する。

本屋に行けば、答が落ちているのでないかと、つい思ってしまう。

  ★ 早川義夫。書評「生きていく意味を知りたい 」より。

凡庸な方がわが身は安泰だ。

  ★ ジョン・スポールストラ『エスキモーが氷を買うとき ── 奇跡のマーケティング』より。

本来なら、心の中にしまっておいてもいいような、恥ずかしい部分や悪をいかにさわやかに誠実に表すことが出来るかで、その人の品位やかっこよさが決まるのではないだろうか。

  ★ 早川義夫。『朝日新聞』読書面「カジュアル読書ポケットから」「失敗談、読むとほんのり幸せに 」より。

本来、必要というのは、必要だと思うから必要なのであって、必要と思わなければ必要でもなんでもない。

  ★ 松本葉『伊太利のコイビト』より。

本来、模倣は美徳であるべきだ。

  ★ 高岸清『世界の自動車』より。

本来、落語は落げをいったら、あとは、何にもいってはいけないものなのだ。

  ★ 立川談志『現代落語論 ― 笑わないで下さい』より。


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