化学調味料関係のとりあえずのメモ(その9):『続・オレの味を探せ!』

 以前、「アイドルのエッチと、ラーメンのうま味」というエントリで、味の素KKの販促パンフレット『オレの味を探せ!』を紹介した。今回、その続編を入手したので御紹介したい。
 ただ、その前に。
 
 このエントリ(というよりはこの冊子の内容)はなかなか衝撃的だったようで、今でもいろんなところからリンクされている。
 私自身、このエントリを書いた頃はまだ化学調味料(うま味調味料)についての自分なりの知見が不十分で明確なスタンスを取るまで至っていなかったため、そういう内容で書いている。
 しかしその後、化学調味料(うま味調味料)について自分なりにかなり調べたつもりだ。その内容は、以下のようなエントリで紹介している。



 
 これらの知識によって、私もそれなりの判断ができるようになったと思っている。
 
 先のエントリ群の要点をかなり大ざっぱにかいつまめば、化学調味料(うま味調味料)は、

  • 主にグルタミン酸ナトリウム、イノシン酸ナトリウム、グアニル酸ナトリウムの混合物である
  • うま味はアミノ酸系(グルタミン酸など)と核酸系(イノシン酸、グアニル酸)を混ぜると、それぞれ単体である時に比べ格段にうま味を発揮する(うま味の相乗効果)。化学調味料(うま味調味料)のほとんどがアミノ酸系と核酸系の混合物であるのは、これを利用しているから
  • 数多くの実験により安全性が確かめられている(チャイニーズレストランシンドロームやマウス実験も今では否定されている)

 あたりといえる。
 これらの知識を前提にいえば、ラーメン店が化学調味料(うま味調味料)を使うことについて、私は全く否定しない。
 もちろん「必ず入れる必要がある」わけではなく、結局はどういう味が作りたいかという目標と、実際の材料との兼ね合いで決めるべきなんだろう。
 例えば豚骨スープと化学調味料(うま味調味料)は非常に相性がいい。食べ進んでも飽きない、おいしい豚骨スープには化学調味料(うま味調味料)はむしろ不可欠ではないかとすら思う。
 
 また、うま味というのは実はグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸だけではない。これらは数あるうま味の中で、産業的に単離して採算の取れるコストで生産できるから調味料として使われているだけで、例えば昆布の味=グルタミン酸の味なんて考え方は根本的に間違っている。
 これ↓は「化学調味料関係のとりあえずのメモ(その4)」にも引用した表。

乾燥マコンブ中の遊離アミノ酸

アミノ酸 mg/100g アミノ酸の味
アスパラギン酸 823 微うま味
トレオニン 3 微甘味
セリン 11 微甘味
グルタミン酸 1608 うま味
プロリン 49  
グリシン 4 甘味
アラニン 52 甘味
バリン 7 苦味
シスチン 0  
メチオニン 2 苦味
イソロイシン 4 苦味
ロイシン 4 苦味
チロンン 5 微苦味
フェニルアラニン 3 微苦味
トリプトファン 0 苦味
リジン 4 苦味
ヒスチジン 0 苦味
アルギニン 5 微苦味
総遊離アミノ酸 2585  

 
 遊離アミノ酸だけでこれだけの成分があり、これらが絡み合って乾燥マコンブの味となっている。もちろんカツオブシなり豚骨なり、鶏ガラなりについてもこういう表が作れるだろう。
 つまり、例えばコンブ+カツオブシの味を再現するのにグルタミン酸ナトリウム+イノシン酸ナトリウムがあってもダメということ。
 これらのうま味調味料はこれら(昆布、カツオブシ、豚骨、鶏ガラetc.)による「ダシ」の中の、あるうま味成分を補強する(代替ではなく)役割が期待される。もちろんグルタミン酸ナトリウム+イノシン酸ナトリウムのみのスープというのも理屈としてはあり得るだろうが、さすがにそれは支持されないのではないかなあ。
 
 なので例えば先ほど書いた、豚骨スープに化学調味料(うま味調味料)というのはまずちゃんと取った豚骨スープがありその上で使われるべきものであって、ベースとなる豚骨スープはやはりちゃんと取るべきなのだ。
 
 ただし。
 グルタミン酸ナトリウムを例にするとして、上記のようにコンブの味≠グルタミン酸ナトリウムの味であるなら、理屈としては「昆布だしではなくグルタミン酸ナトリウムの味の方が好き」という嗜好があり得るし、あっていい。
 このあたり、『美味しんぼ』は「正しい味は昆布であって、グルタミン酸ナトリウムの味の方が好きなのは間違っている」といった口調で攻めてくる。それ以来20年余、読者はそんなものだと思わされ続けてきたわけだが、はっきり言ってそんなの大きなお世話だ。(^^;; 「そういうものを旨いと感じる人間は下等」という論法は、確かに自分を下等だと思いたくない人間(みんなそうだ)にはかなり有効に働くが、まずその前提を疑ってかかるべきだと思う。『美味しんぼ』という漫画は功罪両方大きいと私は思う。

参考:「自重しない化調」で紹介した画像。


『美味しんぼ』38巻「ラーメン戦争」より

 『美味しんぼ』の話はひとまず置いて、「昆布だしではなくグルタミン酸ナトリウムの味の方が好き」という嗜好の話。これはあっていい。
 グルタミン酸ナトリウムが割合的に「過剰」なラーメンはいとも簡単に作れる。化学調味料(うま味調味料)を過剰に入れればいいだけのこと。これが単離された調味料の特徴だ。
 そして歴史的にはこれこそがラーメンの「本流」だったのだろう。
 ところがこれが現在では否定される。
 
 そもそも、ラーメンに化学調味料(うま味調味料)を使用していることを隠すようになった(あるいは「後ろめたくなった」)のはいつの頃からなのだろうか。
 これはやはり、化学調味料(うま味調味料)に悪いイメージがついた頃からだろう。
 ではそれはいつか。
 その辺の資料が、あまりない。
 昔は味の素の金缶は贈答に使われていた。贈答に使われるということは、贈る側も贈られる側も「いいもの」であるという共通認識があったからだ。誰もカドの立つようなものをわざわざ贈ったりはしない。


味の素の金缶(現行)

 あるいは昔、「グルタミン酸を摂ると頭がよくなる」という迷信があった。1960年代には林髞(木々高太郎)がその種の「脳本」を何冊も書いている。
 また、「料理のさしすせそ」の「そ」について、「ソーダ」(=グルタミン酸ソーダ=化学調味料(うま味調味料))といったこともあったという。
 ただ、これもどの時期なのかははっきりとはわからない。
 「化学調味料関係のとりあえずのメモ(その5)」で書いたことだが、味の素KKが1972年にグルタミン酸ナトリウムの合成法での生産から11年間で撤退した時の理由の1つが、「コンシューマリズムの動向や、グルタミン酸に対する一部の消費者の理屈ぬきの感覚による好みに合致しないという事実」だった。
 このあたり、化学調味料(うま味調味料)のイメージの変遷が窺える。ただ、この消費者運動の大きさとその影響がどの程度のものだったのかはよくわからない。
 ただ、やはり決定打となったのは80年代後半からの『美味しんぼ』の化学調味料批判ではなかったかと思う(少なくとも現在の人々の化学調味料への態度に『美味しんぼ』の影響はかなり強いと思う)。
 そしていつの間にか、化学調味料(うま味調味料)は完全に悪者、大手を振って歩けない存在になってしまった。
 私自身、「アイドルのエッチと、ラーメンのうま味」で、
 

アイドルだってエッチはしてるだろうけど、あえて「やってます」とか、「あなたはやってますか?」と聞く人はいないでしょ、という感じかな。やってそうだと思っていても、1%の可能性を残してそこにはあえて触れないというか。違うか。違いそうだがわかってくれ。

 
 と書いている。化学調味料(うま味調味料)はきっと使ってるだろうけど、あえて言挙げしないでくれよ、と。まだちゃんと調べていなかった時期に書いたことだ。『美味しんぼ』の呪縛にまだ囚われていたと、今では思う。
 
 『美味しんぼ』の化学調味料(うま味調味料)批判は情けなくて、例えば1冊まるごとラーメンだけを採り上げた『美味しんぼ』38巻「ラーメン戦争」というのは、こういう↓ストーリーだ。
 

あらすじ/山岡は、荒川夫妻から夫妻の友人の橋田という男のことで相談を受ける。彼は大手自動車会社の御曹子で、その将来を嘱望されていたにも関わらず、会社を辞めてラーメン屋を始めたという変わった経歴の持ち主。ところが、そのラーメン屋がまったく繁盛しないという。山岡は、まず皆をおいしいと評判の屋台”流星一番亭”に連れていく。”流星一番亭”は、目星をつけたラーメン屋の近くに屋台を出し、客を奪うことでその店を乗っ取って傘下に入れるという強引なやり方で、急成長しているチェーン店だった。その”流星一番亭”に目を付けられた”金銀軒”の母子と、ひょんなことから知り合った山岡たちは、”流星一番亭”に負けないラーメン作りに取りかかるが……

 
 ここから最終的に”流星一番亭”に勝つのだが、その勝因が、結局グルタミン酸なのだ。
 


『美味しんぼ』38巻「ラーメン戦争」より

 うまいラーメンを作るために化学調味料(うま味調味料)のうま味が必要ということになるのだが、しかし化学調味料(うま味調味料)そのものは使いたくない……、そこで苦肉の策でうま味の強い「長期熟成天然醸造醤油」などという暴走族じみた醤油を見つけてきて解決するという展開。でもそれって、結局どうなのよ、と。
 これって実は、そこまでの材料がなければ化学調味料(うま味調味料)を使うべき、という結論にならない? こんな材料、普通は使えないでしょ。
 また、この巻だけでも「チャイナ・レストラン・シンドローム」だとか「化学調味料というのはグルタミン酸を化学的に合成したもの」だとか、化学調味料(うま味調味料)の知識としては俗流のいい加減なデマを書いている(ただこの時代にはこのくらいの誤解は標準的だったかもしれない。とはいえせっかくこのくらいの大作を書くのだからもっと調べてもよかったのにと思う[その分の資金もあるわけだし]。この時代でも調べればこのあたりは既に「迷信」であることが分かったはず)。
⇒中華料理店症候群については「化学調味料関係のとりあえずのメモ(その4)」、「化学的に合成」については「化学調味料関係のとりあえずのメモ(その5)」で書いた。
 奇しくもこの巻(38巻)は、著者の意図とは裏腹に(少なくともラーメンでは)化学調味料(うま味調味料)の勝利を認めてしまう展開になっている。一見そうは見えないから困ったものだけど。
 
 話を戻す。
 歴史的に見て化学調味料(うま味調味料)を使うラーメンはラーメンの本流であったし、それは今も変わっていない。
 ただし化学調味料(うま味調味料)だけではラーメンの味はうまくならない。そして個性的な味にもならない。そりゃそうだ。化学調味料(うま味調味料)単体の味は固定されているのだから。
 ラーメンに不可欠な、そしてラーメン店を開こうとする者が必ず目指す「個性的な味」は、あくまでも化学調味料(うま味調味料)以外のところで工夫されてきた。それがあって初めての化学調味料(うま味調味料)。もちろんそういう工夫の中で、化学調味料(うま味調味料)を使わないという選択もあり得る。それもまた1つの個性。しかしそれは化学調味料(うま味調味料)を使う/使わないという二者択一の選択ではなく、どのくらい使うかという曲線の端っことしてのゼロだ。逆に「バカみたいに使う」(^O^)というのも選択肢の1つだろう。
 
 また、昔に比べて麺を重視する傾向が強くなってきたことと化学調味料(うま味調味料)の使用頻度にも関係があるかもしれない。このあたりはよくわからないけれど、何らかの影響があっても不思議ではないと思う。
 また面白いことに、『美味しんぼ』の読者であった層が店主になる時代が来てかなりたつわけで、「無化調」を標榜する店が実際に増えている。これはこれで非常に楽しい展開だと思う。味のバリエーションが増えることは喜ばしい限りで、最終的にうまいものができれば、客としてはありがたい。ただし「無化調」を1つのウリとするやり方はどうにも引っかかりを感じる(「ウチのラーメンには「無化調」が入っています」)。

 「化学調味料関係のとりあえずのメモ(その1)」で紹介した、山口によるうま味の相乗効果を現した表。
 


MSG/IMPの量比と呈味力の関係(山口)

 MSG=グルタミン酸ナトリウム、IMP=イノシン酸ナトリウム のこと。
 「化学調味料関係のとりあえずのメモ(その7)」で書いたとおり、普通の化学調味料(うま味調味料)は「複合うま味調味料」といって、アミノ酸系と核酸系の化学調味料(うま味調味料)を混合した形で売られている。
 これはこのような「うま味の相乗効果」を狙ったものだ。
 上記の表から読み取れば、グルタミン酸ナトリウム(アミノ酸系)とイノシン酸ナトリウム(核酸系)の相乗効果がもっともよく出るのは30:70~70:30あたりだろうか。そこを中心にして、両端に行くほどだんだん相乗効果は小さくなっていく。
 「複合うま味調味料」には大きく2種類ある。「低核酸系うま味調味料」「高核酸系うま味調味料」だ。「低核酸系うま味調味料」の代表的な調味料は味の素で、「アミノ酸系:核酸系=97.5:2.5」(業務用の味の素Sは「アミノ酸系:核酸系=99:1」)、「高核酸系うま味調味料」の代表的な調味料はハイミーで、「アミノ酸系:核酸系=92:8」となっている。この割合からわかるとおり、ハイミーの方が相乗効果が強くうま味が強い。値段も高い。(^O^)
 ……とはいえ、ハイミーですらアミノ酸系と核酸系の割合は92:8だ。もっと核酸系が多ければ、もっとうま味の相乗効果が高くなることだろう。
 逆に言えば、核酸系の比率が高いスープに味の素やハイミーを使えば、使わないよりもかなり高いうま味を引き出すことができるはず、ということになる。
 
 ちゃんとした素材でダシをとって、そのダシのもつうま味を最大限に引き出すための化学調味料(うま味調味料)、という考え方もできるかもしれない。

 もう1つ、ラーメンに化学調味料(うま味調味料)を使う事への嫌悪感というのは、歴史的にラーメンの本体がスープだと考えられてきたこととも関係していると思う。
 
 うどんやそばであれば、そのダシについて少なくとも材料についてはだいたい誰でも想像がつく。
 それに比べてラーメンは、何が入っているかよくわからない。
 
 かつて、「ラーメンを作る」といえばそれは「スープを作る」とほぼ同義だった。これまで独学で個性的なスープを作り上げたという「ラーメンドリーム」体現者の苦労話をどれだけ聞いたことだろう。一方、麺の奥義を究めただとか、新たな麺の打ち方を編み出したとかいう話は決して出てくることはなかった。
 


『らー麺藤平物語』より。


典型的な成功物語。
苦労の末素晴らしいスープを開発。
麺への努力は手本にした店の製麺所を突き止めることだけ。

 素晴らしいスープができたからそれに合う麺を探すためにたくさんのサンプルを製麺所から取り寄せたという話はゴマンとあったが、いい麺ができたからいろいろスープを取り寄せて食べ比べたという話も聞いたことがない。
 麺を外注する店はあっても、スープを外注する店はほとんどない。
 
 スープは店そのものだし、だからこそそれを開発することに全力を傾ける。
 だとすればおいそれと教えられるわけがない。
 こうしてラーメンスープはその店の「秘伝」となり、ブラックボックス化する。
 
 うどんやそばの場合、その主体は麺だ。うどんならうどん打ち、そばならそば打ちが修行のメインになるだろう。もちろんダシも重要だが、いずれにせよ麺もダシも使うものがほぼ決まっていて、あとはそれをうまく作る腕だ。だから修行は必須となる。
 しかし定型がないラーメンには、必ず修得すべきというルールがない。どんな手を使っても最終的にウマければいい。これがラーメンの正義。だからこそラーメンは修行もしていない素人が脱サラで始めることができる、技術が必要な麺は製麺所から買えばいい。ラーメンの場合それが許される。ラーメンの本体はスープだから。
 
 しかし、「最終的にウマければいい」そして「ブラックボックス化」は、「何が入ってるかわからない」という不安をも生む。
 
 曰く「○○では猫の頭でダシを取ってるらしい」「××では犬を……」。
 
 こういったウワサは誰でも1度は耳にしたことがあるんじゃないだろうか。
 
 ラーメンに化学調味料(うま味調味料)を入れることの嫌悪感は、こういった「何を入れられているかわからない」という不安の延長線上にあるんじゃないかと、そう思ったりする。うまければいいのだけれど、そのうまさの理由がわからないことへの不安、といった感じ。それに化学調味料(うま味調味料)体に悪い説が乗っかる。おそらくこれは明確なものではなく、どんよりとした感覚なのだと思うけれど。

 で、本題。<え?
 
 「アイドルのエッチと、ラーメンのうま味」で紹介した味の素KKの販促パンフレット『オレの味を探せ!』は、裏に「2007.10」と書かれている。
 
 今回入手したのはこの続編である『続・オレの味を探せ!』。これをまた紹介しておきたい。
 前のを紹介したからには続編も紹介しておくべきだと思うのだ。しかし、だとすれば現時点での私の化学調味料(うま味調味料)への考えも書いておくべきだと思って、この長い前振りになったというわけだ。前のエントリがあまりにも「なーにいってんだ、ラーメンなんて所詮こんなもんよ。ドヤッ」てな感じでリンクを張られる例があまりに多かったので。
 この冊子の裏を見ると「2008.10」とある。『オレの味を探せ!』のちょうど1年後にあたる。ひょっとして1年ごとに出ているのかとも思うが、これは最近配っていたそうなのでこの次は出ていないのかもしれない。
 
 今回は東池袋大勝軒雷文来来亭つけめんTETSUの4店(前回は東池袋大勝軒ちばき屋くじら軒なんつッ亭)。
 
 最初に4軒の個別のページがあるのだけど、ここにはあまり「うま調」についての記述はないので特にテキスト化はしない。


『続・オレの味を探せ!』


東池袋大勝軒・飯野敏彦


雷文・宇都宮節子


来来亭・豆田敏典


つけめんTETSU・小宮一哲


うま調って、結局なんなんだ?


オレの相棒「味の素S」・「ハイミー」の使い方01スープ編

 結局、出てきたその味がうまいかどうか。それでいいんじゃない?
 

突然食いたくなったものリスト:

  • いちご大福

本日のBGM:
Here It Comes /EZO





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