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テボと平ザル

 先日紹介した『ラーメン屋さんが選ぶ!!関西のうまいラーメンベスト20』という番組についてのエントリ(「『関西のうまいラーメン20』(2003年)」)の中で、少しテボと平ザルの話を書いた。
 

ランキングに入った店の中で平ザルを使った店が多かったのは意外と言うより「さもありなん」と、後からは思う。やっぱりちゃんとした店はそうするわな。そしてラーメン店主は当然そういうところを見ている。平ザルとテボの話はまた改めて。

 
 という中途半端な書き方をしたので、ここで改めて書こうと思う。


 まず、テボ(振りザル)と平ザル(そば揚)というのはどういうものか。
 見てもらった方が早いと思う。


左がテボ(振りザル)、右が平ザル(そば揚)

 麺の湯切りの時に使うものだ。
 ラーメン好きなら、誰でも見たことくらいはあると思う。
 形状を見てだいたい使い方も想像できるだろう。
 
 ググってみると「ラーメン三昧.com」というサイトに用語解説のようなものがあったので引用しておく。
 

「テボ」(てぼ)
 
麺を茹でる為に使用する調理器具。
 
「振りザル」ともいう。湯をはった鍋等にてぼを立て、麺を一人前づつ入れ、茹でたり温めたりする。一人前づつ湯きりが出 来るので、数杯のラーメンを一度に作る時には便利であるが、麺が湯の中で動く範囲がかぎられてくるので麺が固まったりする事もあり注意が必要である。

 

「平ザル」(ひらざる)
 
麺を茹で上げる道具。
 
釜の中全体に麺を泳がせ、そこから杯数分麺を分け上げるという高度な職人技術が必要になる。しかし、釜全体に広がり均等に熱の通った麺は格別で、その湯きりの姿は見ていて気持ちがいい。

 
 ただ、実はこの2つの道具の違いは、単に湯切りの方法の違いにとどまらない。
 麺の茹で方の違いという決定的な違いを表している。
 
 麺は・できるだけ多くの湯の中を ・泳がせるように茹でる のが一番おいしいというのはよく言われることで、自分自身の経験からもそれはほぼ間違いのない事実だ。
 
 例えばこんな茹で方がある。
 大きな釜にグラグラに沸かした大量のお湯の中に人数分の麺を投入し、その中で充分に泳がせる。そして茹で上がると麺を湯から出し、湯切りをする。この時に使うザルはテボと平ザルのどちらだろう?
 そう、平ザルだ。
 
 ではテボはどういう時に使うか。
 テボは平ザルと違い、麺を茹で初める時からつかう。
 テボについているザルの中に麺を入れ、ザルごと湯の中に沈める。


絵が下手なのは仕方がない。

 こんな感じ。
 茹で上がれば取っ手を掴んで引き揚げ、そのまま湯切りする。中村屋の「天空落とし」なんてのは有名なパフォーマンスだ。

 つまり両者の違いは、茹でる時に大量の湯の中に麺を泳がせることができるかどうかということになる。
 いや、正確には麺を泳がせることのできる範囲が違うということ。茹で釜いっぱいに麺を泳がせるか、ザルの中というとても小さい範囲内で泳がせるか。
 なるべく広い範囲で泳がた方がいいと考えれば、平ザルを使う(茹で釜いっぱいに麺を泳がせる)茹で方の方がいいに決まっている。
 ではどうしてテボを使う必要があるのか。
 
 この茹で方にもデメリットがあり、そのデメリットを補ったのがテボだからだ。
 
 テボ(とその茹で方)と平ザル(とその茹で方)のメリット、デメリットについて思いつくままに挙げてみよう。

平ザル(とその茹で方)のメリット
大きく泳がせることができるので、麺をムラなくちゃんと茹でることができる。

平ザル(とその茹で方)のデメリット
・一度麺を茹で始めると、それを上げるまで次の麺を茹で始めることができない。
・一度に違う種類の麺を茹でることができない。
・平ザルは扱いに熟練を要する。(麺をザルにまとめる技術、湯切りの技術、1人前ごとに目分量で麺を分ける技術……)

テボ(とその茹で方)のメリット
いつでもお湯に麺を入れることができる。(客を待たせる時間を短くできる)
・同じ茹で釜で違う種類の麺を同時に茹でることができる。
湯切りに難しい技術が要らない。
・1人前の量を同量にすることができる。

テボ(とその茹で方)のデメリット
・麺を大きく泳がせることができない。(茹でムラなどマズい麺ができる可能性)
・泳がせる代わりにテボのザルの中を箸でかき混ぜたりするのだが、その時に麺がザルにあたり麺が傷む。そしてそのカスが茹で湯を汚す。
 
#私はプロではないので、職人から見ればこれ以外にもいろんなメリット・デメリットがあることだとは思う。
 
 赤色にした部分が、それぞれの特に大きなメリット。
 
 平ザル(とその茹で方)は、「おいしい麺を作る」という目的には非常にいいのだが、飲食店のオペレーションとしてのデメリットが大きい。
 特に、一度に同じ種類の麺しか投入できない(釜の中で混ざってしまうので)ことと、一度麺を茹で始めるとそれを上げるまでは次の麺を投入できないということは大きい。特にこれは茹で時間の長い太麺を扱っている店には大きな問題となる。前の人の麺が投入された直後に来た人は、前の人の麺のゆで上がりの後、自分の麺が投入されそれが茹で上がるまで待つことになる。これは店、客共に「時間」という大きなリソースを犠牲にすることになる。
 
 テボを使えばこの両方のデメリットを克服できる。テボの1つ1つに種類を気にせず麺を投入することができるし、それぞれのテポに対応するタイマーをセットしておき、タイマーが鳴ったテボから上げていけばそれぞれ別の茹で時間を設定することもできる。
 また、テボ(とその茹で方)のデメリットを克服する工夫もある。
 テボ(とその茹で方)のデメリットで一番大きいのは、上記説明にあるように、「麺が湯の中で動く範囲がかぎられてくるので麺が固まったりする」ということ。
 こんな茹で方をした麺はほんとにマズい。私がたまに「粘土のような食感」と表現する時はまさにこんな茹で方の麺を食わされた時が多い。
 このデメリットを克服するには、例えば麺を茹でている間、麺を棒や箸でかき回してやる。あるいは茹で釜に工夫がなされており、テボの中の麺が座る位置に泡を噴射し、麺がテボの中を泳ぐようにしているものもある(もちろんそういう機器は高いけど)。
 ただしこの工夫も、細麺では有効だが太麺では難しい。
 細くて茹で時間の短い麺であれば、平ザル(とその茹で方)であってもそのデメリットは大きく軽減される。上で書いたデメリットのうち、「一度麺を茹で始めると、それを上げるまで次の麺を茹で始めることができない」「一度に違う種類の麺を茹でることができない」というのは、麺の茹で時間が短ければほとんど問題にならないだろう。
 
 そしてもう1つの平ザル(とその茹で方)のオペレーション上のデメリットは、扱いの難しさ。
 平ザルをちゃんと扱えるようになるにはそれなりの修練が必要になる。
 昔のテレビ番組『ガチンコ!』の中の1コーナー「ガチンコ! ラーメン道」について、何度かこのブログでも言及したことがある。90年代後半~2000年代初頭という時代を考えれば仕方のないことだが、この番組はラーメンについて、かなりスープ偏重の内容だった。(この話題ではこの番組がヤラセかどうかなどは関係がない)
 その中で唯一(?)麺について出て来たのが、湯切りの仕方。講師の佐野実は塾生に手ぬぐいを麺に見立てて平ザルに載せ、湯切りの練習を延々とさせていた(現店長の平井氏が、こんなことばっかりやらせてないで早くラーメンの作り方を教えてくれっ!と佐野氏に突っかかるんだったかな)。テボを使わないのなら平ザルを扱えるようになることは絶対に必要なことでもあるし、番組的にはとてもわかりやすい「修行」の場面だったのだと思う。
 その点、テボは湯切りがとても簡単。ザルの部分が深く麺がこぼれないので、遠心力なり慣性なり重力を利用して、少々乱暴なやり方でも大丈夫だ。
 
 とはいえしかし、これらはあくまでも平ザル(やその茹で方)のデメリットを補うものであって、テボ(とその茹で方)であれば平ザル(とその茹で方)よりいい麺ができるというものではない。
 もし仮に「うまい麺を作る」というのが目的なら、状況が許す限り平ザル(とその茹で方)にした方がいいに決まっている。
 しかしもちろん店や客がラーメンやつけ麺に求めるものは必ずしも「ウマい麺」だけではない。なので必ず平ザル(とその茹で方)を用いなければいけないということにはならない。
 いくらうまい麺のためだといって、昼飯時に30分待てる余裕がある人はそうはいないだろう。
 
 ……つまり、どういう客を相手にするのか、どういう麺を出したいのか、従業員はどういう人たちか……といった「その店」の真っ正直な姿がはっきり現れるのが、麺の茹で方なのだ。
 これらのたくさんのメリット/デメリットを勘案し、それぞれの店でさまざまな工夫がなされるのを見るのも楽しい。やたら底の深い平ザルを使っているところは、平ザルを扱う技術的な問題を何とか軽減しようとしたのだろうし、もの凄い大きなテボやカゴを使っているところは「麺を泳がせる」ことと「一度に別の麺を入れる」ことを両立させようとしたものだろう。


純情屋はこんな大きな可動式のザルを湯の中に沈めておいて、麺が茹で上がるとそのまま隣のシンクに備えてある大きなザルに移し替え、ここで麺を締める。これだと麺を泳がせて茹でても平ザルを使わなくてもすむ。ただしこれも一度麺を入れたらそれが茹で上がるまで次の麺を入れることはできない。

 最近増えてきた「麺固めお断り」といったフレーズも、平ザル(とその茹で方)の店であれば納得できる。同時に2つのラーメンの注文が入り、それぞれ普通と固めを注文すれば、それだけで別々に茹でなくてはいけなくなる。これはあまりに効率が悪い。まあ「麺固めお断り」を掲げる店の理由はそれだけではないだろうが、この理由は合理的だよね。
 
 茹で方によって茹で上がりに明らかな差が出るのは太麺。
 麺が重いからテボの中ではなかなか泳がないし、箸で混ぜても太い分、細麺ほどは泳がない。これはもう、物理的にそう。
 つまり太麺は細麺よりもテボ使用のデメリットが大きくなる。端的に言えば麺が上手く茹でられない。
 最近はつけ麺ブームで太麺、極太麺を謳う店が多くなった。
 もちろんその店が極太麺を出す理由はさまざまだ。
 単純に極太麺がうまいから、極太麺が流行っているから、「極太麺」というインパクトが客に訴えやすいから、細麺とメリハリをつけたいから、つけ麺といえば極太麺だと思っているから……いろいろあるだろう。
 それらの「理由」とオペレーションとのバランス、麺の性質その他いろいろな要素で茹で方が決まる。
 
 こういう「茹で方」に注目して考えれば、ラーメン/つけ麺屋それぞれの個性が見られて楽しいよ。
 

 麺茹でには他にもさまざまな要素があって、今回書いたもの以外で非常に大きいのは湯の汚れ具合。麺を茹でているからには茹で湯の汚れは絶対に避けられない。それにどう対応するかというのも大きな課題なのだ。
 一番シンプルなのは湯が汚くなったら捨て、また新しい湯を沸かし直すこと。
 ただし古い湯を捨て⇒新たな水を入れ⇒沸騰させる という間、オペレーションが完全に止まってしまう(=客を待たせることになる)ので、このやり方はタイミングが難しく、下手をするとかなり汚い状態のまま営業を続けることになりかねない。
 そのため茹で釜を2つ用意したり、釜に少しずつ湯を入れ換えるような機構をつけたりといった工夫が施されている。
 もちろんもっと以前の話として、麺の材料や加水率を変えたり打ち粉を減らしたり、麺を傷つけるようなことを避けたりして、茹で湯が汚れる要素を減らしていくという工夫もあるだろう。
 

 大阪ガスがやってる、涼厨(すずちゅう)というシリーズがある。
 名前のとおり涼しい厨房を実現するという、作る側には嬉しい(だろうやっぱり)シリーズ。
 このシリーズにゆで麺器もあって、去年のラーメン産業展で見て非常に興味深かった。
 実際に見たのはこれだったか記憶がないのだが、こういう↓もの。

涼厨 自動ゆで麺機・涼厨 角槽型ゆで麺機

 私が見たものは、お湯を98度に保ち、沸騰させないというものだった。
 沸騰させない分、蒸発も押さえられる。これで1つ、厨房が暑くなる要素を減らすわけだ。しかし沸騰しないのでブクブクとした泡が出ないので、このままだと湯も踊りにくい。そこでテボをセットする位置に下からブクブクと泡を出し、麺を泳がせる工夫がしてある。


絵が下手なのは仕方がない。

 私は麺をおいしく茹でる要素として、「泳がせる」ことがかなり重要だと思っているが、お湯が沸騰しているべきかどうかというのはよくわからない。沸騰という要因は、単にブクブクと麺を「泳がせる」ために必要なだけなのか、温度そのものが麺に影響を与えるのか。温度が影響を与えるとして、98度と100度ではどの程度違うのか。
 
 私自身はこの茹で機で茹でた麺を食べていないのでこのあたり、確信が持てない。
 試食できるそうだから何とかツテを見つけてショウルームに行ってみたいと思っている。

突然食いたくなったものリスト:

  • 串かつ

本日のBGM:
微笑みがえし /キャンディーズ





2 comments

  1. akkinenn

    DATE: 04/26/2012 01:15:31 AM
    こんばんは。
    スープ偏重の時代でさえ、ラーメン屋の最重要テクは平ザルによる麺上げだったんでしょうね。平ザルがテボに取って代わられた今は、スープさえ完成すればラーメン作るのは簡単なのかなーと、金久右衛門の増殖を見るたび思ってしまいます。

    よく行く鶴橋の二両半が今でも大釜に平ザルなんですが、湯切りが甘いんですよねww

    大好きな動画w
    http://www.youtube.com/watch?v=f0qX7dDJKVY&list=FL3ox3aDmofS8qiXnC4h3tsw&index=17&feature=plpp_video

    1. hietaro

      DATE: 04/28/2012 02:56:46 PM
      何度も繰り返された動作はリズムがあってムダがなくて、美しいですね。これはテボでも極めれば同じしょうけれど……。
       
      テボを使うこと自体は、まあ仕方ないとは思うんですよね。商売なので。テボを使うデメリットを意識して、それと「ウマい麺を茹でる」とどう折り合いをつけるか、工夫するかというのが客からの見所なのかな、と思います。
       
      二両半も、もう10年近く行ってないですねえ。(^^;

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