大丸心斎橋店建て替え

 今年の7月24日、大阪の代表的な百貨店である大丸心斎橋店(「しんさいばしみせ」と読む)が本館の建て替えを発表した。
 この話は去年から出ており、反対や保存要望の話もたくさん上がっていたが、この日、とうとう正式発表されたということ。


【建築】ヴォーリズの大丸心斎橋店本館の保存を 建築学会が要望書(2014/06/05)
Jフロント、激戦大阪で生き残り挑む 大丸心斎橋店建て替え(2015/07/24)
 
 大丸心斎橋店は、日本で数多くの西洋建築を手掛けた建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計により20年の歳月を経て1933年に完成した。
 かつて町長が反対運動を無視して強引に取り壊し・建て替えを強行しようとし全国的なニュースとなった豊郷町立豊郷小学校の校舎(今では『けいおん!』の舞台として有名)もヴォーリズが設計した建物だ。
 
 大阪のメインストリートである御堂筋に面し、かつてそごう大阪本店(現大丸心斎橋店北館)と隣り合っていた。
 
 そごう大阪本店の店舗建築についてこんなページがあった。⇒「黒崎そごうメモリアル」)
 このサイトには、こうある。
 

ロシア構成主義の「そごう百貨店」、かたやアメリカンボザールの「大丸百貨店(W・M・ヴォーリズ設計)」は、御堂筋沿いに並んで建っていた。村野の「そごう百貨店」は、淡い黄褐色のトラバーチンとガラスブロックの凹凸により、幻想的な陰翳が印象的であった。
「そごう」と「大丸」は大阪市営地下鉄1号線の心斎橋駅の開設に合わせ、共にその全容を現した。その後、1937年の御堂筋の完成により、垂直リブのある「そごう百貨店」は移動しながら見る建築として、3分の2世紀の時を御堂筋の代表的景観の1つとして持続した。定点で見る様式建築の「大丸」と比較すれば、モダニズム建築としての「そごう」は、2003年に取り壊された今こそ、改めてその価値や存在の重さを強く印象付ける。

 
【注】現在「御堂筋線」と呼ばれる地下鉄の路線はかつて「1号線」と呼ばれていた(2号線以降ができる前は単に「地下鉄」かな…)。
大阪市営地下鉄(大阪市高速鉄道)は1933(昭和8)年に梅田-心斎橋間に日本初の公営地下鉄として開通。心斎橋駅に連絡する大丸心斎橋店そごう大阪本店(第1期工事)はこれに合わせて開店している。「御堂筋線」の愛称は1970(昭和45)年の大阪万博に合わせて募集されたもので、1969(昭和44)年に採用されている。
 なお、Wikipediaによると「開業当初、御堂筋線はわずか1両編成での運転だったにも関わらず、当時からすべての駅のホームが、将来を見越して 17 m 級車による8両編成に対応するように建設されていた。当初は 17 m 級車の12両編成対応で建設が進められたが、あまりに過剰投資が過ぎるとして中津以北および大国町以南については8両編成対応に計画変更された。このため2008年現在でも、地下設備についてはほとんど手直しなしで当時よりやや大型の 18 m 級車による10両編成で運行を行っている」ということだ。
 開業当初の4駅(梅田-淀屋橋-本町-心斎橋)はホームの長さだけではなく、天井も高く、そこにシャンデリア風に飾られた蛍光灯が照明が美しい(しかも4駅ともデザインが違う)。このホームは後述する「日本におけるDOCOMOMO選」にも選ばれる、近代建築の名作。
 ついでに書いておくと、以前、テレビで雨上がり決死隊が、売れてない頃にいろんなバイトをしてたという話の中で、御堂筋線のホームの蛍光灯はほとんど蛍原が交換したんだと言っていた。(^O^)
 
 えらく【注】が長くなった。話を戻して。
 
 趣の異なる2つの大百貨店は南北に隣り合わせ、大阪のメインストリート御堂筋と心斎橋筋商店街に面しながら、大阪の気品を保つ、大阪を代表するモダン建築として君臨した。
 しかしそごう大阪店は破綻前の断末魔の時に起死回生を狙い、保存運動にもかかわらず店舗を残念なデザインに建て替えてしまった(いや多分これはこれでいいはず。「2006年2月には、店舗デザインのアメリカ専門誌「VMSD」が主催する国際店舗デザインコンテストの総合百貨店部門で、そごう心斎橋本店が1位となった」という話でもあるし/2000年閉店、2005年そごう心斎橋本店として新装開店、2009年閉店/そごう破綻後は大丸心斎橋店が土地建物を引き取り、大丸心斎橋店北館として使用している)。それ以来、大丸心斎橋店は御堂筋に「大大阪」の名残を残す数少ない存在となった。
 
 それがとうとう建て替えだと。
 
 いや、古い建物の維持が大変だということもわかる。
 しかも上記のニュースのように、百貨店の競争が非常に激化している。
 大阪は「大阪2011年問題」と言われたように、各百貨店の進出、増床、建て替えが相次ぎ、三越・伊勢丹のようにすでに撤退に追い込まれたところもあり、各社生き残りに必死なのだ。
 更に昨今の中国人観光客の「爆買い」の波の中で、彼らをどう取り込むか、ハード面での「攻め」も必要になってくるだろう。
 
 そんな状況で大丸に「建て替えるな」とは、さすがに私は言えない。
 大丸心斎橋店は保存の要望を考慮し、外観を残したうえでの建て替えという道を選んだ。
 そごう大阪店の悲劇(^^;を覚えている人間としては、それだけでもありがたいとも思える。
 
 ただ、大丸心斎橋店の素晴らしさは外観だけではない。
 内装もやはり、百貨店建築の名作らしく素晴らしいものだ。
 
 是非是非、内装についてもなるべく保存という方向で、関係者の方々は努力していただきたい。
 
 大丸心斎橋店は、1988年に設立された近代建築の記録と保存を目的とする国際学術組織「DOCOMOMO(ドコモモ)」の日本支部 DOCOMOMO Japan が選定した「DOCOMOMO JAPAN選定 日本におけるモダン・ムーブメントの建築」にも選出されている。
 
 日本におけるDOCOMOMO選は何度か追加され、現在は184選となっている。
 そのうち大阪府内にあるのは12(大阪市内が9)。そのうち4件(朝日ビル、大阪市営地下鉄御堂筋線、大阪中央郵便局、新歌舞伎座)がここ10年で姿を消した。大阪市営地下鉄御堂筋線の美しいホームはここ数年で徐々に改装されてしまっている。
 
 本当に、大丸心斎橋店は大阪が死守すべき建物なのだ。
 そして大丸には更に、難しいことを期待したい。
 
 外観を残し、できれば素晴らしい内装もどうにかして維持した上で、「一番新しい」百貨店になってもらいたい。
 せっかく建て替えるのであれば、それが目指すべき方向だと思う。
 
 以前、私はこんなエントリを書いたことがある。
 
短絡視点だとは思うのだけれど
 
 今考えるとこれは橋下徹知事が誕生し、いろいろいじりだした時期だ。
 これは商用施設の話ではないけど、やはり「町並み」は都市の財産だと思う。
 
「残してほしい」?
 
 このエントリは商品先物取引を扱う中部大阪商品取引所で、国内で唯一残った「手ぶり」取引が300年の歴史に幕を下ろしたというニュースについて、古いものを残すという気持ちもわかるが、先進性を重んじた大阪人が、一番遅れていたことを恥じる気持ちも持たないといけないのではないかと書いた。
 
 結局は、バランスなのだ。
 
 大丸心斎橋店の建て替えは、時代の要請としては仕方がない。
 大丸心斎橋店は廃屋や博物館ではなく、現に今商売をしている、現役の建物なのだから。
 
 しかしそれでも、歴史を守り、しかも時代の最先端を行く、そんな建物にすることこそ、大丸がこれからも大阪の人々に愛し続けられ自慢にもできる百貨店になる道なのだと思う。
 
 これはおそらく大チャンスなのだ。
 
 あべのハルカスにしろ阪急百貨店にしろ大阪高島屋にしろ(そしてそごう大阪店にしろ)、こんなことはできなかった。
 今、このエリアでは大丸心斎橋店だけがこんな素晴らしい素性を持っている。これはあまりに大きなアドバンテージだ。
 
 一番美しいのに、一番進んでいる。
 
 これができたらなんて凄いことなんだと思う。
 
 もちろんブシコー夫婦の原点に立ち返ってもいい。いずれにせよ、百貨店(大丸)で買い物をすることの価値に新たな意味を持たせるような、そんな建物を作ってほしいと思う。
 日本人も外国人観光客もワクワクしながら買い物をし、外国人はもう一度大阪に来たいと思い、日本人は他の土地に行った時に「大丸には叶わんな」と思えるような、そんな百貨店。
 そのためにこの制限(今の建物の一部を残す)は決して足かせにはならないと思う。
 
 そして是非、何十年後になるかわからないが、次の改築の話が出た時にまた保存運動が起こるような、そんな建物を作ってほしい。

 記念に、大丸心斎橋店の写真を貼っておく。


外観。大丸のウェブサイトより。左に少し見えているのが旧そごう大阪店(現大丸北館)


1階の、御堂筋側から入った正面の一番いい場所


1階エレベーターホール


1階エレベーターホールの時計


1階エレベーターホール横の柱


御堂筋側エントランス(内扉)を店内から


御堂筋側エントランス(外扉)上部を内側から


御堂筋側エントランス付近の天井


中二階


中二階への階段


心斎橋筋側エントランスを外から(アーケードの下)
なんか端っこに写ってるぞ(^^;


心斎橋筋側エントランス上の孔雀(孔雀は大丸のシンボル)

 大丸心斎橋店(本館)は今年いっぱいで閉館し、2019(平成31)年に開業予定。
 現在、本館7階の催事場「回顧展」が開かれている(30日まで)。
 
 売りつくしセールもやっている。
 
 是非足を運ぼう。
 
大丸心斎橋店の回顧展(NHK)
大阪)閉館の大丸心斎橋店本館で回顧展 老朽化で解体(朝日)
建て替え前の「回顧展」始まる  大丸心斎橋店(産経)

 大丸心斎橋店のウェブサイトにも店舗建築の美しさを楽しめるページがある。

~W・M・ヴォーリズと大丸心斎橋店の建築美~

 サイトの「大丸の歴史」に
 

1837〈天保8年〉
■ 大塩の乱起こる。「大丸は義商なり、犯すなかれ」と、焼き打ちをまぬがれる。

 
 とある。へええ。

 文中の「ブシコー夫婦」をもし知らなくて興味を持った人がいたら、まずこれを読んでみるといいと思う。「百貨店」を発明した夫婦の話。凄く面白い。

・『デパートを発明した夫婦』(鹿島茂)

 実は私は大丸心斎橋店より昔のそごう大阪店のデザインの方が好きなんだけどね。

突然食いたくなったものリスト:

  • とんかつ巻き寿司
  • 萩の月

本日のBGM:
Do The Funky Penguin /Rufus Thomas





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