1994年に出版された小泉和子『台所道具いまむかし』という本をパラパラとめくっていると、こういう記述に出くわした。
| ところで最近、箸がいろいろと問題になっています。一つは割箸の問題で、これは資源の浪費として論議をよんでいます。今一つは躾に関する問題です。 割箸は江戸時代の文化文政ごろに出来たものですが、最初は樽材の端材の廃物利用から始まったといわれています。なかなかのアイディアで便利なものですが、最近は外食産業の急成長につれて需要が急増し、年間一六七億膳もの箸が使い捨てられているといいます。これは材木量でいうと約一万戸の木造住宅に相当するといい、もはや廃材利用どころか、割箸のために外国の木材資源や環境破壊に加担している状況です。 |
90年代の第二次マイ箸運動と呼ばれるムーブメントの中での基本認識だったのだと思う。
割箸は資源の浪費、日本の使い捨て文化が外国にまで環境破壊を輸出していると。
バブルの大量消費に伴う浪費は相当なもので、たいていの人がその裏で何となく感じていた後ろめたさがバブル崩壊後に噴出したという感じ。
にしてもなあ。(>_<)
「年間一六七億膳もの箸が使い捨てられているといいます。これは材木量でいうと約一万戸の木造住宅に相当する」
「材木量でいうと」って、どうやらこの人は、1kgの材木の切れ端を1000個集めれば1tの材木になるとでも思っていたんだろうな。まるでプラスチックのように。
こういう前提に立っていたのが同時の割箸悪者論=マイ箸運動だったってわけなんだよなあ。
ただこの認識に立っていたのはこの人だけではない。こういうふうに、漠然とした後ろめたさと漠然とした論理で遠い国の環境破壊をマイ箸運動で止めようという、無邪気な(だが労力は使わない)運動だった。
割箸の話は昔(おお、16年前だ)、エントリとして上げた。
もちろんマイ箸運動についても触れている。
まだ通用する話だと思うので、読んでみると面白いよきっと。
割り箸の話
http://hietaro.kameo.jp/archives/960
上記エントリを上げてもう16年、その間にXで何度かマイ箸運動の話が出てきた。
マイ箸を巡るナラティブ(物語/覚えたので使ってみたかった言葉(^O^))、2つ。
| 割り箸が森林を食い潰す。割り箸は使わず、箸を携帯しよう |
| (↑を受けた形で) 日本の割り箸は間伐材で作ったもので、これこそリサイクル、エコだった。マイ箸運動のおかげで弱小作業所が潰れ、間伐材利用は滞った。 |
このどちらも間違っているという話を、↑の16年前のエントリで書いている。
で、過去にまとめられていた「割箸ナラティブ」関連のまとめを2つ。
割り箸は間伐材で作られてたか
https://posfie.com/@fuktommy/p/wDvIziT
↑に書いたナラティブはこのまとめに最初に使われているポストから拝借した。
反割り箸運動がもたらした帰結
https://posfie.com/@mikunitmr/p/K30lTYK
これも同様のナラティブ。こういう誤解を今でも見る。コメント欄に書いた。
突然食いたくなったものリスト:
麺哲の圧力麺
本日のBGM:
Leather Rebel /JUDAS PRIEST
この本は1997年の発行で、この記事を書いた13年前に世に出た本ということになる。
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