«

»

『なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか』より

 先日予告したように(「『なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか』」)、今回は先日読んだ『なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか』(スーザン・A.クランシー著/早川書房/2006)から興味深かった箇所を紹介しようと思う。
 
 強調部分はすべて私(hietaro)による。

カール・セーガンは、科学とは単なる知識の寄集めではなく、考え方 ── 理論的な判断や、明確な論拠や、証拠に必要とされる厳格な基準や、公正さが欠かせない思考様式 ── なのだと主張した。そして、この思考法は、教わらなければ身につかない。「このような骨の折れる思考習慣」を学んで実践しないと、「なんでも信じるおめでたい人ばかりの国になり、あたりをうろついているペテン師に簡単に食い物にされてしまう危険がある……お人好しを狙ういんちき話のえじきにされてしまうのだ」。

 

 実験のひとつは、イメージ誘導と呼ばれているものだった。抑圧説懐疑論者は、セラピーで使われているある種のテクニックが、気づかぬうちに患者に偽りの記憶をつくらせているのではないかと考えていた。イメージ誘導では、虐待を受けたかはっきりわからない「被験者」に、どんな虐待だったかを想像してもらう。それまでの研究では、被験者は、細部まで鮮明に出来事を想像するように言われると、その出来事が本当に起きたと信じやすくなることがわかっていた。ひとつの例として、ありそうもない子供時代の出来事(たとえば結婚パーティーでフルーツパンチのはいったボウルをひっくり返すなどの、実際に起きたとはとても思えないような出来事)を大学生に想像してもらったところ、彼らはそれが本当に起きたと確信を持つようになったというものがある。

 

 科学者は、このような体験をつぎのように説明している。これは睡眠麻痺と呼ばれていて、睡眠周期が一時的に非同期になるときに起きる現象である。睡眠と覚醒が途切れることなく繰り返されているとき、両方の状態がすこしのあいだ重なってどっちつかずの状態になることがある。
 眠っているあいだは、ある神経メカニズムが、脳から体のほかの部分への運動の信号をさえぎっているので、基本的には麻痺している。これは大切なことで、そうしないと夢を見ているときに転げまわったりしゃべったり叫んだり殴りかかったりするだろう。
 だが、睡眠周期が重なると、睡眠麻痺が終わるまえに”目を覚ます”ことかある。そうすると、わたしたちは動くことができない。それに、もし夢を見ているあいだに目を覚ませば、夢の内容が目覚めている状態のときまで残るかもしれない。映像や音や肉体的な衝撃を、幻覚として体験することもあるだろう。現実のように思えるが、実際は夢の産物なのである。
 不気味な症状や影響があるものの、睡眠麻痺は病気に起因するものではなく正常なことだと考えられている。約二割の人は、すくなくとも一回は幻覚をともなうこのような体験をしている。とくに正常な睡眠のパターンが乱されたときに起こりやすく、たとえば、夜勤の労働者や、時差ぼけの旅行者や、新生児がいる親や、研究助成金の申請をしようとしている学者などが体験しがちだ。ふつうの状態に戻るまでには ── つまり、睡眠周期の知覚や認知や運動の機能が再同期化するまでには ── 三〇秒程度しかかからないが、本人にとってはものすごく長い時間に思えるかもしれない。ほんとうに恐ろしい体験なのだ。

 

アブダクティーが他の人たちとちがうのは、彼らが奇妙だと思っている体験のせいでも、その原因を説明しようとする欲求のせいでもなく、この特定の説明を選んだせいである。なぜ、睡眠麻痺の体験や、夜中に遠くまでドライブしたくなる衝動や、体の奇妙な痣が、地球外生物によるものだと信じるようになるのだろう?
 なぜなら、彼らの症状や感覚や体験は、アブダクションについてすでに知っていること ── というよりは”知っていると思っている”こと ── と一致するからだ。現在のアメリカでは、エイリアンがどんな姿をしていて、誘拐した人間にどんなことをすると言われているかについて、知らない人はほとんどいない。一九六〇年代以降、アブダクションの話はいたるところで聞かれるようになっている。

 

 現代の「世の中は情報であふれて」いるので、エイリアンはどんな姿をしていて、どんなことをするのか、だれもが知っている。嘘だと思うなら絵を描いてみるといい。おわかりいただけただろうか。ではこんどは、エイリアンに誘拐されたと想像してみてほしい。催眠下では、きっとあなたもよくある話を口走るのではないだろうか ── もちろん催眠がとければ、その話が本当だとは思わないだろうが。細かい点については各自の脚色があるにせよ(エイリアンはなにを着ていたか、アブダクションの目的はなにか、なぜあなたが選ばれたのか、具体的にどんなことをどんなふうにされたのか)、おおまかな筋はほかのすべての話とおなじだろう。「頭が大きくて目も大きな灰色っぽいエイリアンに誘拐されて、体になにかされました」
 このことを実証する研究は、かなりまえに行なわれている。一九七八年、アルヴィン・ローソンらの研究グループが、地球外生命体にほとんど興味がないと言う人たちを募って、催眠をかけた。そして被験者に、UFOを目撃して、宇宙船に連れていかれ、体を検査されたというようなエイリアンとの遭遇を想像してもらった。この実験の結果、被験者が催眠下で暗示にしたがって話した内容は、アブダクティーによる”本当の”報告とあまりちがいがなかった。エイリアンと遭遇した話の各要素は、驚くほど短期間 ── ヒル夫妻の話がテレビで放映されてからたった二年、トラヴィス・ウォルトンの本が出版されてからたった一年、スピルバーグの『未知との遭遇』が公開されてからたった一年 ── で一般市民にひろまっていたらしい。
 一九九四年、スティーヴン・ジェイ・リンはローソンの研究をさらにすすめた。彼は、UFOと遭遇した話を引き出すのに、催眠をかける必要さえなかった ── ただ催眠にかかったふりをさせたのだ。それでも演技をしている被験者たちは、催眠術師の暗示にこたえて、灰色のエイリアンや、医学的な実験や、UFOをふくむ遭遇の話をした。UFOのシナリオの各要素は、明らかにわたしたちの大衆文化の一部になっているようだ。
 わたしは、ニカラグアでも大学院生におなじような実験をしてみた。エイリアンの絵を描いてもらったのだ。ニカラグアは、ハリウッドからもヒル夫妻の住むニューハンプシャーからも離れている。アメリカ政府が”貧しい超借金国”と呼んでいる国だ。それにもかかわらず学生たちは、頭が大きくて顔の横まで目がある灰色の浮浪児のような絵を描き、エイリアンがなにをしたかについて語った。実験をして”子供をつくる”ために誘拐したのだと。
 もちろん、この若いニカラグア人は、じゅうぶんな教育を受け、西洋の文化にもおおむね慣れ親しんでいる。本書がアメリカ合衆国に焦点をあわせているのは、アブダクションのシナリオは異文化ではほとんど存在しないからだ。ブラジルやケニアやベトナムの人も、空に奇妙なものがあるのを目撃するかもしれないが、それが降りてきて、医学的や性的な目的のために人間を誘拐することはめったにない。ジョン・マック自身も、UFOによるアブダクションほ「西洋諸国か、西洋文化の価値観が浸透している国々」で頻繁に報告されていると述べている。だがこれは、『X-ファイル』のような映画やテレビ番組がもっと輸出されるようになば、変わってくるかもしれない。二〇〇五年五月、北京に駐在するAFP通信の記者は、エイリアンと遭遇したと言う中国人が増えているが、これはおそらく、マルクス主義が物質主義にとってかわられたために「精神的な道しるべを失った」からだろうと述べた。

 

 最近、あるビリーバーが、わたしにこう言った。「ハリウッド映画が人々の話に影響をあたえているというなら、なぜエイリアンによる誘拐しか起きていないのですか? エイリアンが人間の体を乗っ取ったり、攻撃してきたりする映画は、もっとたくさんあります。あなたの理論が正しいなら、そういうことも起きていると信じるようになるはずじゃないんですか?」
 いい質問だが、わたしにもいい答がある。エイリアンによるアブダクションは、考えられる筋書きのなかで、ただひとつ客観的に証明することができないものなのだ。もしエイリアンが地球を爆破しようとしたら、ニュースになるだろう。もしエイリアンが人間の体を乗っ取ったら、科学者が生理学的な検査をするだろう。宇宙でエイリアンに遭遇するには、まず実際に宇宙に行かなくてはならない。エイリアンによるアブダクションは、じつに都合がいいものなのだ。なぜなら、実際に起きていないとはだれも断言できないし、「どうやってドアを通りぬけたの?」とか「なぜほかの人は宇宙船を見ていないの?」といった質問には、エイリアンの科学技術が進んでいるからだと答えればいいのだ。

 

多くの人は、エイリアンが存在することや、エイリアンが地球にやってくることが、それほど可能性がないことだとは思っていない。実際、かなりありえそうに思えるようだ。近ごろアメリカで行われた調査によると、回答者の九四パーセントは知的エイリアンが存在すると思っている。さらに最近になってCNNが行なった調査では、回答者の六五パーセントはUFOが実際に地球にやってきていると答えた。

 

 だがとりあえず、人間以外の生命か宇宙のどこかに存在すると仮定してみよう。その生物が知能を持つほどまでに進化する確率はどれくらいだろうか? 進化というのは、行き当たりばったりで予測かつかないものだ。単細胞の生物が知能を持ち自分を認識できる生命体になるまで、まっすぐな道がつづいているわけではない。実際、新しく現われた一〇〇の種のうち九九は絶滅している。地球は生命体に適した惑星で、だからこそ生命体はここで誕生した。それ以来、一〇億種以上の動物が出現しているが、知性を自覚している生物はひとつしかいない。人類は奇跡なのだ。
 しかし議論を進める上で、自分を認識している知的生命体が宇宙のどこかに存在しているということにしておこう。なぜ彼らは、恒星間の距離を飛んでこられるほど高度な技術を発達させたのだろう? さらに言えば、なぜそんなことをするのだろう? それほど進んだ生物が、なぜとりわけ人間に興味を持つのだろう? なぜ卵子を採取したり精液のサンプルを取ったりすることに興味を持っているのだろう? なぜ何度も何度もおなじようなものを人間から採取しているのだろう? エイリアンがUFOで地球にやってきて、医学的な実験や遺伝子の実験のために人間を誘拐するという話は、とてもありそうにないだけでなく ── じつにはかげている(とくに、人間が服を脱いでいるとき、エイリアンがもじもじしなから待っていたというくだりは)。

 

 アブダクションは事実ではないと証明することはできない。できるのは、アブダクションはありそうにないということや、ビリーバーが提出した証拠ではアブダクションがほんとうだと証明するには不十分であるということを主張するだけである。結局、ETが存在するかどうかは個人の考え方の問題で、ビリーバーは実際の体験にもとづいた彼らなりの意見を持っている。体験したことについての解釈を必要としているのは、彼らなのだ。そして、どの解釈がいちばんあてはまりそうかを判断できるのも、彼らだけなのである。
 わたしがインタビューした被験者は、みなおなじ軌跡をたどっていた。いちどエイリアンに誘拐されたのではないかと疑いはじめると、もう後戻りはできない(信じかけた人が、そうでないと思い直すには、どんなことがターニングポイントになるのだろう。これは興味深い研究分野になりそうだ。誤った思い込みをつくりだすのを防いでいる心理的な認知要因を理解するのに役立つかもしれない)。思い込みの種がまかれ、アブダクションを疑いはじめると、アブダクティーは補強証拠を探す。そしていったん探しはじめると、必ずといっていいほど証拠が出てくる。確証バイアス ── すでに信じていることに都合のいい証拠を探したり解釈したりして、都合の悪い証拠は黙殺したり解釈しなおしたりする傾向 ── は、だれもが持っているものである。科学者さえもだ。いちど前提(「わたしはエイリアンに誘拐されたと思う」)を受け入れてしまうと、それが事実ではないと納得するのは非常にむずかしい。打たれ強くなり、まわりの議論に左右されなくなる。わたしたちは、現実の出来事に対処するとき、帰納的ではなく演繹的に考える習慣があるようだ。たんにデータを集めて結論を導き出すのではなく、過去の情報や理論を使いながら、うまくデータを集めたり解釈したりするのだ。アブダクティーがアブダクション説を信じるようになると、すべてのつじつまが合うようになる。アブダクションは、じつにさまざまな不快な症状や体験に、簡単にあてはまる。どんなことでも説明がつくのだ ── 「子供の頃いつも恐ろしい夢を見ていました」「思春期に、いろいろな問題を抱えていました」「セックスに興味がありません」「腹痛がつづいています」「社会復帰に失敗しつづけています」。半分エイリアンだという被験者は、それまでずっと疑問に思ってきたことの答を見つけた。「母を見て思いました。”あなたなんか知らない。だれなの?”って」
 しかも一度信じたら、その考えが誤りだと立証されることはない。エイリアンが存在しないと証明する方法はないのだ。できることといえば、エイリアンが存在する証拠がないことや、エイリアンなどいそうにないことを主張するぐらいである。アブダクションの信じ込みは、カール・ポパーの理論でいえば、(反証可能性を持たない命題)のカテゴリーに分類されるもので、科学的には意味がないことなのかもしれない ── だが、わたしたちは実験室内で暮らしているわけではない。現実の世界に生きているのだ。現実の世界では、自分の考えがじゅうぶんな証拠に裏づけられているかなど問題ではない。問題なのは、なにを失って、なにを得るかということだ。エイリアンを信じることによって、何人かの友達を失うかもしれない。だが、信じるのをやめたら、失うものはもっと大きいだろう。べつの説明を探さなくてはならないし、不快で恐ろしい症状や体験を語るための説得力のある理論を捨てなくてはならない。
 最近わたしは、「エイリアンに誘拐されたと思うなんて、よっぽど頭がおかしいにちがいない」と懐疑論者に言われると、その意見に賛成できない。第一に、アブダクティーは、エイリアンに誘拐されたと突然信じるようになったわけではない。緩やかなプロセスがあるのだ。いくつもの段階を経ながら間欠的に信じ込みが進んでいき、だんだん可能性がありそうに思えてくる。第二に、第3章で述べるように、”記憶を手に入れる”までは、エイリアンに誘拐されたと確信している人はほとんどいない。記憶を手に入れてからは ── 丸のトンネルに吸い込まれた鮮明な記憶があったら、おそらくだれでも信しるだろう。第三に、だれだって、なぜ自分の身に奇妙でわけのわからないことが起きたのか知りたいと思うものだ。よかれあしかれ、アブダクションはわたしたちの文化のなかでは手近にある解釈のひとつになっている。第四に、確率や思考節約の原理をふまえて考える訓練を受けている人は非常にすくない ── それにたとえ訓練を受けていても、いまだにアブダクションの信じ込みがまちがっているとは証明できていない。最後に、たいていのアブダクティーは、エイリアンに誘拐されたという説を受け入れるまえに、いくつかの考えられる原因を検討している。彼らが結局アブダクションを選ぶ理由は、じつはかなり科学的だ。彼らのデータ ── 個人的な体験 ── にもっとも一致するからである。そして、懐疑論者はそのデータにアクセスできないのだから、批評することもできないのだ。
 アブダクションの信じ込みは、わたしたちの身に起きる変わった出来事を説明しようとしたときに自然と生まれる副産物である。たいていの人は自分の気持ちを理解したいと思っていることや、日常生活において科学者のように考える人はほとんどいないことや、アブダクションはわたしたちの社会でよく耳にする話であることを考えると、なぜもっと多くの人がエイリアンに誘拐されたと思わないのか不思議でさえある。現代では、こういうことを信じていると公言しても”頭がおかしい”とはみなされない ── 平均値よりいくらかずれた場所にいるという程度のものだと思う。一〇年後には、エイリアンを信じたり、エイリアンがわたしたちのそばにいると考えたりすることは、おそらく神を信じるのとおなじくらいふつうのことになるだろう。

 

 科学者は、体験談を証拠とはみなさない。目撃者の報告は、一〇〇〇件も一件もおなじなのだ。なぜなら人間は完壁ではなく、どんなにがんばっても知識には限界があるし、だれでもまちがうことがあるからだ。「見たと思う」ものは、実際に見たものとはまったくちがうかもしれない。だから科学的に見ると、主張を立証するには客観的に証明するしかないのである。なぜわたしたちは地球が丸いと知っているのか? なぜなら月にうつった地球の影が丸いから。宇宙から撮った写真に丸い地球がうつっているから。水平線に向かって進んでいく船のトップマストがいちばん最後まで見えるから。わたしたちは、上司のいとこの至極まっとうな人がそう言ったから地球が丸いと知っているわけではない。もし体験談や魅力的な人物の言葉が信頼できる証拠になるなら、雪男やネス湖の怪獣が存在するという話や、エルヴィス・プレスリーやジェームズ・ディーンやジミ・へンドリックスが生きているという話や、精神分析で統合失調症が治るという話や、二〇〇三年のイラク侵攻のときにイラクに大量破壊兵器があったという話も受け入れなくてはならない。

 

 催眠とはどんなもので、どのように働くのだろう? 多くの人は、熱心すぎるセラピストや空想たくましい映画 ── 『影なき狙撃舎』『イブの三つの顔』『アグネス』『エコーズ』『スコルビオンの恋まじない』『アイデンティティー』最近では『バタフライ・エフェクト』 ── の影響で、ほかの方法では思い出せないことを催眠が思い出させてくれると信じている。つまり、催眠は心理学的な自白薬のようなもので、試そうものなら、無意識の奥に隠れていた過去の秘密をしゃべるしかなくなるというわけだ。
 この考えはまちがっている。四〇年にわたるじゅうぶんな研究の結果、催眠は記憶を回復させるのに好ましい方法ではないことがわかっている。実際に起きた出来事の記憶を取り戻そうとしても、たいていは役に立たないばかりでなく、偽りの記憶 ── 現実の出来事ではなく、人から言われたり、自分で想像したりした出来事の記憶 ── をつくりだしやすくなるのだ。”なにが起きたか”について、あなた(またはセラピスト)がまえもって思い込みや期待をしていたら、実際に起きたことよりも、思い込みに合った出来事を思い出しやすくなる。さらに悪いことに、取り戻した記憶はきわめて本物らしく見えるので、あなたもセラピストもそれに気がつかない。アブダクティーの話を聞くことは「抗しがたく、ときに神聖な事実を目撃した人、つまり真実を語る人と向き合っているようなものだ」と精神科医のジョン・マックは述べている。

 

 二年間、わたしは真剣にエイリアン学に取り組んで、つぎのような結論にたどり着いた。エイリアンは、ふつうの欲求や願望をもつ人たちの想像力によってつくられた、まぎれもなくきわめて人間的なものなのだ。わたしたちは、ひとりになりたくない。ほとんどのときは、自分が無力で弱い人間だと感じている。だから、宇宙のどこかに、わたしたちより大きくてすぐれたものがいると思いたいのだ。そして、それがなんであるにせよ、わたしたちに興味を持っている── すくなくとも気にしてくれている── と信じたい。彼らがわたしたちを求めている(性的にせよ、そうでないにせよ)と思いたい。わたしたちは特別だと思いたい。エイリアンによるアブダクンヨンは、アメリカ文化によって形作られた普遍的な人間の欲求のあらわれなのだ。

 

 では、彼らの記憶機能についてはどうだろう? エイリアンに誘拐されたという鮮明でトラウマを引き起こすような自伝的な記憶は、研究者からはおもに「偽りの記憶症候群」の事例として理解されている。だが、わたしが興味をひかれるのは、心理学の理論家のあいだではこの仮説が一般的になっているのに、だれもテストしてみた人がいないということだ。たしかに、筋は通っている ── だが、それを裏づけるデータはあるのだろうか? アブダクティーは、本当に偽りの記憶をとりわけつくりやすい傾向があるのだろうか?
 二〇〇二年、同僚とわたしは、すでに確立している実験パラダイムを使って、アブダクティーによる偽りの記憶の形成について調べてみることにした。この実験パラダイムは、性的虐待の記憶を回復したと言っている人たちの偽りの記憶について研究したときに使ったものとかなり似ていた(第1章で説明した実験)。一九五九年にジェイムズ・ディーズが考案し、一九九〇年代に研究者が改良した実験パラダイムをもとにしたものである。
 わたしたちは、単語が書いてあるリストを三つのグループ(アブダクションの記憶があるグループ、エイリアンに誘拐されたと信じているが実際の記憶はないグループ、アブダクションの記憶も信じ込みもないグループ ── 対照群)に学習してもらった。それぞれのリストに書かれている単語は、たがいに意味的な関係があり、しかもべつの単語(そのリストにはふくまれていない)とも関係がある。わたしたちは、このリストにない単語を「提示されていないテーマ語」と呼んだ。たとえばあるリストには、「甘い」という提示されていないテーマ語に関係のある単語(「すっぱい」「キャンディ」「砂糖」「苦い」)が書かれている。被験者にリストを見せたあと、リストにあった単語を思い出してもらう。被験者が、事実に反して、提示されていないテーマ語(この場合「甘い」)を見たと言ったときには、虚再生と虚再認(記憶のゆがみの二つの例)が起こっているのだ。
 この実験の目的はシンプルだった。アブダクティーは実験で、対照群より偽りの記憶をつくりだしやすいかを調べる(つまり、虚再生と虚再認の両方、または一方を引き起こしやすいかを調べる)ことである。なぜこれが重要なのか? なぜなら、もし実験で偽りの記憶をつくる傾向があれば、彼らは実験室の外 ── 現実の世界 ── でも偽りの記憶をつくる傾向があるという仮定とおおまかに一致するからだ。
 この実験から、いくつかの点が明らかになった。第一に、この結果は、アブダクティーは実験で偽りの記憶をつくりやすいという仮定と一致した。彼らは情報源を識別するのがむずかしいようだった ── つまり(第3章で述べたように)考えたり想像したりしたことと、映画や本やテレビで実際に見たり読んだり聞いたりしたこととの区別がつかなくなりがちなのだ。

 

 フロイトは、一九九〇年代なかば以降、かなりの批判を受けてきた。研究の手法は酷評され、結論は論理的でないと嘲笑され、理論には欠陥があるとはねつけられてきた。彼は明らかに科学者ではなかったのだ。だが、心理学者ではなく哲学者だったと考えれば、行動科学においてすくなくともひとつの偉大な功績を残してくれたことをありがたく思えるだろう。フロイトは、人生を筋の通った物語として理解できれば、心の健康にひじょうに役に立つということに、おそらく最初に気づき、理解した人である。フロイトのいわゆる分析の手法は、実際には統合のプロセス、つまり組み立てのプロセスだった。精神的な苦しみを抱えている患者のまえに座り、彼らの心理状態の複雑さと履歴を解きほどこうと、計り知れないほどの忍耐力で話を聞いた。そして、何カ月か何年かのセラピーのあいだに、それまでばらばらになっていた患者の人生の破片 ── 夢や恐怖や感情や子供時代の記憶 ── を拾い上げ、患者にとって(というより、批評家が言うように、より重要なのは彼にとって)意味のある話をつくりあげたのだ。患者が経験している精神的な苦しみについて、もっともな説明ができるような話を。
 直面している問題や苦悩が理論的に解き明かされたり説明されたりすると、多くの人は安心するということを、最初に発見したのはおそらくフロイトだろう。これこそ、原因がなさそうに見える苦しみを理解する方法なのだ。現代人が心理療法を求めるのは、おもにこのためである ── パニック発作や強迫行動やうつ状態などの症状をなくしたいだけでなく、そもそもどうしてそういう問題を抱えるようになったかを知りたいのだ。自分の感情の理由を理解すること ── そして説明になるような話をつくりあげること ── は、ほとんどの人にとって非常に大切なのである。

 

真実は、正しいと思い込むものではなく、ひとつひとつ証明されるべきものである ── どんなに本物らしく感じられようとも。

 

確実に言えそうなのは、空はわたしたちの期待や不安を映し出す巨大なスクリーンだということだ。空飛ぶマシーンに思いを馳せれば、空飛ぶマシーンが見える。侵略におびえていれば、外国のミサイルが見える。円盤が見えないかと ── マスコミで大騒ぎになったあとに ── 見あげれば、円盤が見えるのだ。

 
 これは読むべきっ!


『なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか』
スーザン・A.クランシー著
早川書房 (2006/08)

突然食いたくなったものリスト:

  • たまごかけご飯&ごはんですよ

本日のBGM:
Majesty /BLIND BUARDIAN





コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA