○丈@天保山

 これまで天保山麺哲だった店が麺哲から独立し、2008/12/04、中華そば ○丈として再開店した。



暖簾は変わったが、上部の板の看板は変わってない。

 メニューも変わり、これまでとは違うものとなっている。

 そこで、2種類あるメニュー(中華そば(東大阪高井田風)○丈そば(和歌山風中華そば))のそれぞれを同行者と1つずつ頼んで試してみた。

 しかしどちらも、わざわざこういうことをやる必要があるのか?という疑問が残った。

 「高井田系」(あるいは「布施系」とも)ラーメンというのは、東大阪の高井田、あるいは布施を中心に分布する大阪には珍しい「ご当地ラーメン」で、鶏ガラ&昆布の醤油感いっぱいの真っ黒なスープに「うどんか?」というくらいの極太麺をつっこみ、そこにメンマ、青ネギ、チャーシューをのせただけの非常にシンプルかつプリミティブな「中華そば」だ。高井田系の老舗「住吉」は創業63年(昭和20年創業)を迎え、今はもう3代目だ。

 私は高井田系ラーメンの「飾ってるラーメンもいいけど、ラーメンってもともとこういうものだったんじゃないの?」と訴えかけるような素朴さが大好きなんだけども、こんな古臭いラーメンが現代でも生き残って地元の人から愛されているのは単なる懐古趣味ではなく、シンプルな構成ながらも無駄なパーツがまったくないという完成度の高さからなんだと思ってる。
 この極太麺は、少しぱさついた赤身のチャーシューと脂が多めのチャーシューの両方と一緒にかき込んで、それを青ネギの爽やかさとスープの醤油っぽさが追いかける、そしてその合間にメンマをほおばるという食べ方が一番合ってる。「メンマは麺の間に食うからメンマや!」と某店店主が言っていたが、それはマユツバとして(なんで重箱読みなのかと(^^;;)も、高井田ラーメンではまさにメンマは麺間。
 これらの構成要素のどれが欠けても何か別のものを足してもダメだし、どれが少なくても過剰でもいけない。



参考:高井田ラーメン
住吉、光洋軒のいい写真が見つからなかったので、麺屋7.5Hzのもの。


 さて、高井田系ラーメンというのは、実はかなり立地を選ぶラーメンだ。……いや、好みの問題ではなく。
 それは高井田系を高井田系たらしめている極太麺による。この極太麺はゆであがるのにかなり時間がかかる(10分くらい)。この時間のかかりようは客の回転率に直結する。ビジネスマンのランチという商売はあきらめるしかないし、家賃の高い場所で商売するのも困難だろう。
 原理的に都心に向かない片田舎のラーメン、高井田系。(^O^)

 で、○丈中華そば(東大阪高井田風)(¥650)だ。



中華そば(東大阪高井田風)(¥650)@○丈

 具はチャーシュー、メンマ、青ネギ。
 麺は中太ストレート麺。
 スープは鶏ガラ醤油。若干の酸っぱさは柑橘系かな??

 スープは結構な再現性だと思う。1口目に「あ、高井田系」と思った。
 チャーシュー(というか、豚肉)もさほど悪くなかった。

 しかし、だ。
 おそらく上記のような事情もあり、更にやはり麺にこだわる麺哲の遺伝子か(*)、○丈ではこの中華そば(東大阪高井田風)には極太麺を採用せず、中太麺を合わせている。確かに注文してから出てくるまでかなり早かったように思う。しかし高井田系なのに極太麺じゃないなんて、確かに「東大阪高井田」としか言えないわな。そりゃウォークマンタイプのカセットプレイヤーですかカルチェスタイルの腕時計ですかと。

*この店のメニューにも麺哲と同じく「『麺硬め』等お断りします」との注意書きが添えられている。

 麺は悪いわけじゃない。むしろ高井田系で使われている麺より遥かにいい。さすが、と言えると思う。……しかしこのラーメンの中では単なる足の引っ張り役にしかなってない。

 さらに悲しいことに、メンマがうまくない。



メンマ

 前述したように、高井田ラーメンの中でメンマはかなり重要な構成要素だ。装飾過多の、「メンマ? まあラーメンなんだから入れとくべきでしょ?」程度の扱いのラーメンならいざ知らず、このシンプルなラーメンでこんなマズいメンマが入ってたら、そりゃ目立つよ。
 このメンマは高井田系ラーメンの中でメンマがどれほど重要な役割を担っているかをこの店が全く理解していないことをはっきり示す悲しいシロモノだ。

 高井田系ラーメンはチャーシュー、ネギ、メンマと必要最小限かつ必要不可欠な具とシンプルなしょうゆだれ、極太麺が、これだけチープな中にもバランスを保っているからうまいのだ。そりゃ1つずつの素材を取ればもっとうまいものを用意できるだろうが、そうすれば他の物もそれに合わせて変えなければならないという絶妙なバランスなのだ。(これだけ長い間支持されているという歴史の重みをナメてはいけない)

 ○丈中華そばはそういう意味で崩壊している。
 つまり、高井田系よりも「いい麺」「悪いメンマ」を使ってしまったことで、完成度が上がるどころか全体のバランスはバラバラになってしまったのだと思う。

 そしてもう1つのメニュー、○丈そば(和歌山風中華そば)(¥800)にも全く同じことを感じた。



○丈そば(和歌山風中華そば)(¥800)@○丈

 具はかまぼこ、チャーシュー、ネギ。
 ストレート平麺。
 スープは豚骨醤油。

 スープは「あ、和歌山……」と思えるほど再現性がある。

 こちらはチャーシューと麺が原形と違う。○丈そばでは芯を若干残した平麺を合わせている。この平麺、茹で具合といい、非常においしい。
 チャーシューも、分厚めに切ったバラチャーシューを炙って香ばしく仕上げて、これまたとてもおいしい。

 しかしこれも高井田系同様、駄菓子を高級食材で作りました的な「合わなさ」を感じる。この麺のおかげで、もともと中太~細めでやわめの麺が特徴の和歌山ラーメンとはずいぶん違うものに仕上がっている。こんな高級感は和歌山ラーメンの中では過剰以外の何者でもない。

 この店の店主の丈六氏が和歌山出身ということで、和歌山ラーメンには並々ならぬ思い入れがある……のだろうと思うのだけども、いや、そう思いたいのだけども。

 いったい、丈六氏は和歌山ラーメンをどうしたいのだろう?

 何というか、高井田系、和歌山のどちらの中華そばも、その特徴は「チープな中でバランスを保っている」「個性的な麺」(高井田:極太 和歌山:やわめ)といったあたりだと思う(*)。しかしこれって実は、麺哲の姿勢とはかなり相容れない特徴なんじゃないだろうか。

*スープに関しては両方とも、かなり忠実に再現していると思う。

 いいものを使いたくなる衝動、ってのが麺哲の中にはあるように思う。どうして安物の卵じゃなく名古屋コーチンじゃないといかんのか、という。

 特に麺なんて、どちらも実際に原形とはほど遠い麺哲流(というか、丈六氏流?)の改変が施されちゃってるわけだけど、このことで2つとも、アイデンティティに関わる根幹の部分が改変されちゃったという気がする。

 だったらまったく別のラーメンにすればいいのに。
 いやもちろん原形を発展させるというか凌駕するというか、結果的にもっと旨いものができあがればそれでいいんだけども。

 残念ながら、今はまだそうはなっていない。

 とはいえ、似たような「過剰感」をもつこの2つ(高井田系・和歌山)が並んでいるということは、これはあえてそうしている(=これが丈六氏の狙い)のだろうけど、私にはその狙いが読めない。

 これなら私は住吉光洋軒に500円玉握りしめて行くね。500円でお釣りが来る。井出商店には絶対に行かないけど。:-p

 残念だなあ。

 「準備中」というつけ麺に期待したい。

 なお接客に関しては、私の後から客が来たので気を利かせて席を詰めると「ありがとうございます」と声をかけて来て、とても気持ちのいい感じだったことが印象に残っている。
(逆に席を空けてもらった高校生?はそんなことお構いなしに席に座って、「ガキってのはどうにもなあ」と思ったことも覚えている(^^;; )

突然食いたくなったものリスト:

  • モンブラン5号ホール

本日のBGM:
Future Tense /SANCTUARY


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