※文中の「化学調味料」「化調」「うま味調味料」はすべて同じものを指します。
Xにポストができなくなった。
どうやら有料コースにしないとポスト数が極端に制限されるらしい。
まあこれが数日で解消されるいつもの気まぐれじみたことなのか、サードパーティのビューワを締め出したような恒久的な措置なのかは今のところは解らない。
いずれにせよ、この機会にまたブログでも更新しておこうかなと。
とはいえまた以前にXに書いたことを1つにまとめておこうという、しかも昔やった話題の蒸し返しというガイシュツだらけのエントリーになるはず。
先日、あるラーメン系ポッドキャストを聴いていると、化学調味料について、概ねこんなことを言っていた。
「化学調味料の話題はいろんな論が出てきていちいち紹介してはいられないが、『賛成派』『否定派』の言い分を俯瞰していて思うことは……よく『賛成派』が持ち出す『安全性』について。曰く、『いろんな研究機関で安全性は証明されている。だから安全』と、『賛成派』はよくそうやって安全性を振りかざす。でも、今安全だと言われていても後にそれが覆った例もある。なので現在の知見を根拠に安全性を主張するのは思考停止」(大意)
と。
いやいやいやいや。
「今現在の知見」をすべて暫定的なものだと考えるのはまぁ、哲学的にはいいよ。でもそれを現実に当てはめてしまうなら、「100%○○」なんて言えるものなんてこの世にあるのかな。
実際に、その回の別の話で普通に話題に上っていた「カンスイ」(合成/天然問わず)が安全という前提の根拠はどこにあるのよ。
あるいは塩なんて、過剰な摂取が体に悪いことはそれこそ現在の知見でほぼ確定しちゃってるんじゃないの。(むしろグルタミン酸は過剰摂取が体に悪いとはまだ「証明」されていない)
あ、多分、アルカリ性のカンスイも過剰摂取はダメだろうなあ。実際の知見は知らないけど。
正直、「安全性」という言い方であれば、100年以上言われ続けて何も出てこないうま味調味料より、保存法によってはアンモニア臭を放つカンスイや生茹での麺や塩分過多の方がよっぽど低い気がする。
現在のすべての知見が「暫定的」であるのは当たり前過ぎる話であって、そんな卓袱台返しをするならすべての食材を対象にする覚悟を持たないと。
化学調味料の話を味の好みとか店の姿勢の問題として語るのは構わないけど、安全性の話をそんな雑な扱い方をするのなら、それこそナンセンスだ。
これを「思考停止」なんて言っちゃうなら、そら「化調・無化調論争」なんて終わらんわ。┐(´~`)┌
これはついでの話。
その話の中で、化学調味料を使うと味が画一化する(似たような味になる)、自分は新たな味を求めているので化学調味料は嫌いだと言っていた。
なるほど、そういう考えもあるかもしれないな。
それはそれで考え方だ。問題ない。
ただ、では塩で同じことを言えるかなあ、とは思う。
「塩を入れると、みんな塩っぽい味になって似たような味になる。だから塩は使わない」
いやまあ、だから塩分を足すのにそのまんま塩を使わずに醤油を……みたいな話はあり得るけどね。にしても、結構イビツな主張になると思うけどなあ。
私にはどうしても、結論ありきで無理矢理理由を作ってるようにしか聞こえないんだ。
そんなことで味は画一化しないと思うよ。
むしろ自分の好みを「画一化」して狭めているだけじゃなかろうかなあ。
たまたまだけども、先日、久しぶりに
「完全無化調」
を謳うラーメンを食べた。
印象は、
「ああ、『無化調』の味だよな(^^;;」
というものだった。
もちろん「無化調」という味があるわけではない。
しかしこの味はこれまで何度か出会っている。
もちろん全部そうだとは言わないけど、無化調の1つの「落ち着き先」の味だ。
鶏・豚・昆布・鰹節など、私たちが普通に知っている「ダシ」を普通に組み合わせて取ればこういう落ち着き先も1つのパターンよなあ、という味。
私はこれを食べながら思った。
「化学調味料は味を画一化するのではなく、むしろ多様化を助けているのではないか」
意外な?ことではあるけれど。
例えばチャーハンの話。
一般的なチャーハンの具は、玉子、ネギ、ハム(チャーシュー)くらいだろうか。
まあ他にあってもいい。
さて、この中にうま味はあるのか?と。
考えてみれば、チャーハンは圧倒的にうま味が不足している。
これを解消するために、例えば金華ハムなどうま味の強い食材を使うという方法がある。
あるいは油の乳化は「疑似うま味」を呈するとも言う。
しかしそれ、一般家庭でできますのか。
そうなると登場するのは、味の素や味覇などのうま味調味料ということになる。
もちろん経済が許せばうま味調味料ではなく、金華ハムのようにうま味の強い食材を使ってうま味を出すことも可能だ。
ここで考えるべきは「自由度」ではないかと。
金華ハムにしても他のうま味食材にしても、それを使うならその食材の持つ味に大きく影響を受ける。当たり前の話。もちろん金華ハムを使ったチャーハンは美味しいだろうが、逆に言えば「金華ハムを使ったチャーハン」の味にしかならないのだ。
それに対して、玉子、ネギ、ハムだけの、食材自体にほとんどうま味がない食材であっても、うま味調味料を使えば、うま味のある、チャーハンという料理が成り立つ。もちろん「うま味がないチャーハン」という選択肢もあり得るとは思うが、あまり美味しくはないのではないかなあ。
うま味調味料を使うことで、その食材がうま味を持つかどうかを気にすることなく自由にチャーハンが作れる。
それらのチャーハンは画一化された味のチャーハンだろうか。
「そうだ」というのなら、まあそれでもいいし、その人を説得しようとは思わないけども。
これが、
「化調は味を画一化するのではなく、むしろ多様化を助けてるのではないか」
と書いた意味。
で、その「完全無化調」のラーメン。
麺はよかった(「手打ち」だそうだ)し、スープも……悪くはなかったけど、うーん、なんかね、他の「無化調」を謳うラーメンにも共通する、「痩せ我慢感」を感じた。
はっきり言えば、
「化調入りより美味いわけじゃない」
「化調入れたらもっと美味くなるかも?」
と感じさせた。
もしそこを
「無化調だから仕方ない」
というゲタを履かせなきゃいけないとしたら、あるいは
「そりゃ化調使えば美味くなるよー」
なんて言うとしたら、そりゃアナタいったい何と戦ってらっしゃるのか?ってなるよ。
もちろん「無化調」で美味い店はある。
でもそれは無化調「だから」美味いのではなく、美味いものを作ってるから美味いのだ。
昔、こんなエントリを書いたよ。
ウチのラーメンには「無化調」が入っています
http://hietaro.kameo.jp/archives/468
実はX上では現在、リアルタイムで、料理研究家のリュウジ氏に対して反味の素の人wwが変な攻撃をしていてそれが話題になっているのだけど、これは読んでて余りにアホみたいなので採り上げない。
ちなみに化学調味料については昔、過去にこのブログで結構書いている。
もちろん全部読む必要も意味もないけど、ラーメン好きならそれなりに知識にはなると思う。
突然食いたくなったものリスト:
あんパン
本日のBGM:
サイハテ /フルカワミキ
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