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『科学と神秘のあいだ』と『科学の方法』のあいだ

 菊池誠『科学と神秘のあいだ』を読んだ。

 さすが菊池さんという感じの、(オビどおり)ポップなタッチに仕上がっている。


菊池誠『科学と神秘のあいだ


著者による手書きポップ(^O^)

 全編にわたって楽しいのだが、特に印象に残ったのは第3部「僕たちは折り合いをつける」のあたり。

 菊池氏は「奇跡は必ず起きる」という。
 

…年末ジャンボ宝くじには1等が数十本ふくまれている。いま「買ったって当たりっこない」と書いたけど、そうはいっても何十本かは確実に当たるので、誰にも当たらないというわけじゃない。そりゃそうだ。誰にも当たらない宝くじなんか、誰も買いっこないもの。当たりは必ず出るんだから、当たりが出たって驚く必要はまったくない。それが一等だったとしたって、驚くことじゃない。だって、当たりは必ずあるんだから。
 でも、もし自分が買った宝くじが1等になったら、びっくりするよね。確かに必ず誰かには1等が当たるはずだけど、それが自分だったらびっくりするに決まってる。もしかしたら、びっくりしすぎて、何か理由を考えてしまうかもしれない。宝くじを買う前にたまたま神社にお参りでもしていたら、お参りのご利益だと思うだろうし、普段と違う帽子をかぶっていたらそのおかげだと思うかもしれない。
 もちろん、本当は理由なんかなくて、自分が1等の宝くじを手にしているのは、ただの偶然。誰かの手には必ず届くはずだった当たりがたまたま、本当にたまたま自分の手にあるだけなんだ。でも、頭でそれがわかっていたって、やっぱりびっくりして、何か理由を考えちゃうかもしれない。少なくとも、「奇跡だ」とは思うんじゃないかな。
 こうして、年末ジャンボ宝くじは毎年奇跡を作り出している。この奇跡はかならず起きる。そして、その一部はさまざまな個人的な信心だとかジンクスだとか、そんなものを生み出しているに違いない。

 
 そして、こう続ける。
 

 そこで、偶然と必然の問題をもう少し考えてみよう。コインを10枚投げて、10枚とも表になる確率はだいたい1000分の1くらい。これはかなりめずらしいできごとのように思えるけど、逆に言うと、1000回も投げれば、そのうち1度くらいは全部表になっても不思議じゃないともいえる。
 これが20枚のコインだと、全部表になる確率は100万分の1程度までさがっちゃうから、ひとりの人間がひたすらコインを投げ続けてもそうそう出そうにない。それでも、たとえば日本中の人が赤ちゃんからお年寄りまで全員一斉に投げれば、100人くらいは全部表でもおかしくないし、全部表になる人がひとりもいなかったとしたら、むしろ不思議だ。この場合、100人くらいは確実に「奇跡」を体験するわけ。
 30枚だと確率10億分の1だから、さすがに厳しそうだ。でも、全員が20回くらい投げれば、1度や2度は全部表が出るだろうから、絶対に無理というわけでもない。もちろん、それを目撃してしまった人にとってはとんでもない奇跡だよね。これが40枚ともなると、そういう意味でもまず無理になってしまうから、奇跡もそのあたりで打ち止め。

 
 あるいは、こういう話も出てくる。
 

 たとえば、「予知夢」について考えてみようか。大地震が起きる前の晩に地震の夢を見ていたら、それは「予知夢」と呼ぶべきものに違いない。そこで、僕はよく「関西で大地震が起きたとして、偶然その前の晩に地震の夢を見る人は何人くらいいるか、見積もってみよう」という問題を出す。みなさんも、ぜひ一度考えてみてください。
 ひとりの人間が一生の間に何回くらい地震の夢を見るかを考えれば、ある特定の日に地震の夢を見る確率がわかるから、あとはそれに人数をかければいい。関西全体で考えるとするなら、その数は数百万人だ。はっきりわからない数については、とにかくなにかもっともらしい数字を自分で考えていれてみる。
 すると、驚くほどたくさんの人が「地震を予知する夢」を見ることがわかるはずだ。本当はただの偶然で、これっぽっちも予知なんかじゃないのだけど、もしもそれが自分の身に起きたらびっくりするだろうし、奇跡と呼びたくなるに違いない。そう、それはやっぱり奇跡と呼ぶべきものなんだと思う。もちろん、自分がその当事者になる可能性はほとんどない。それでも、自分ではない誰かに奇跡は起きているはずなんだ。

 
 この話は私が実際に菊池氏のサイエンスカフェに参加した時にも話してくれた。

 これらの話で菊池氏は、「奇跡」は個人にとってはレアケースだが、しかし必ず誰かに起こっているのだということ、そして全体(の確率)は科学で扱い得るが、その中の個人的体験(=奇跡)は科学では扱い切れない問題である(「頭でそれがわかっていたって、やっぱりびっくりして、何か理由を考えちゃうかもしれない」)ということを、分かりやすく教えてくれている。そしてそれはちっともおかしいことではなく、「そういうもんなんだ」ということを。

 私はこの章を読んだ時、その少し前に読んだ別の本のことを思い出した、それは中谷宇吉郎の『科学の方法』。この本には、こんなことが書かれている。
 

 以上のような見方をすると、たとえは人生論などは、もちろん科学が取扱うべき問題ではない。また人間の自意識の問題などに、自然科学的な考え方を入れることも、あまり役には立ちそうもない、少くも場ちがいなものの考え方であると思われる。自意識のような問題は、これは個の問題である。大勢の人間の全体の考え方を調べるには、科学は役に立つ。たとえば経済学のようなものには、科学を取り入れ得る。しかし全体の傾向から漏れた1つの例については、それがきわめて稀れなことで、ほんの誤差の範囲内と見られる場合でも、その例自身については、それは誤差ではない。99.9%は完全に適用できる場合でも、その残りの0.1%に当った人に対しては、それは100%の誤差なのである。

 
 中谷氏は菊池氏が宝くじなどで挙げた「奇跡」を、災難という裏返した話で説明する。
 

 1つ例をあげれば、天災だとか、あるいはいろいろな事故(アクシデント)とかいう問題も、科学だけでは、片のつかない問題である。隕石に打たれて死んだ人は、まだ記録がないが、時々隕石が地面まで落ちてくることは確かである。それで今後隕石に打たれて死ぬ人はあり得るといっても、ちっともおかしくはない。隕石は流星であるが、今後いくら流星の研究が進んでも、隕石に打たれて死ぬことを、完全に阻止することはできない。ほんとうの不時の災害というものは、遭遇するまでは、それに遭った個人にとっては、再現されないことなのである。ところが現象自身は、自然現象であるから、科学の対象となるべきものである。

 

…実際にある事件にぶつかった場合、前にいった例をとれば、1万人中9999人は治ったが、1人だけ死んだ場合、誤差は非常に小さいが、その誤差にあたった人自身にとっては、科学は全然役に立たなかったわけである。

 
 これは菊池氏の挙げた例とは正反対に見えるような縁起の悪い「奇跡」であるが(^^;、言っていることは同じことだろう。
 

…すなわち多数の例について全般的に見る場合には、科学は非常に強力なものである。しかし全体の中の個の問題、あるいは予期されないことがただ一度起きたというような場合には、案外役に立たない。しかしそれは仕方がないのであって、科学というものは、本来そういう性質の学問なのである。

 
 それぞれの話は、それぞれ別々の示したいことを明確にするために語られている別の話ではあるのだけども、結局のところは同じことを言っているのだと思う。

 それは、個人的体験は科学の対象になり得ないということ。

【追記】ごめん、「個人的体験は科学の対象になり得ない」というのは確かに言い過ぎ……というより、言葉の使い方が乱暴だった。

「個人的な奇跡体験は科学の対象とはならない」

くらい。

 例えば「◆◆で▲▲が治った!」といった、今でも世間にあふれかえっている体験談。その個人にとっては完全なる「真実」ではあっても、それが他の人にとっては全く裏付けにはならない ── これは昔から今まで、あまりに多く行われている間違い ── ことを、この2人の科学者の話から読み取ることができる。

 個人的体験は科学の対象ではなく、科学は無力である。
  ── 個人的体験とは、「奇跡」の寄せ集めなのだ。

 ただしかし、半世紀を距てた2人の科学者が一般読者に向けて書く時に、同じような話を(かなりの分量を割いて)書かなくてはいけないというこの状況は、ひょっとしたら「進歩がなくて嘆かわしい」と捉えるべきではないのかもしれない。
 むしろ、人間の認識というのはもともとそういうものなのであって、いずれの時代でもそれを理性でカバーする努力が絶えることなく続けられてきたのだと受け取るべきなのではないか ── と、そう思うようになってきた。

 丁度いいタイミング?で菊池誠さんが出演した朝日ニュースター『宮崎哲弥のトーキング・ヘッズ #8 「ニセ科学って何?」』の放送があるので御紹介。

 28日(金曜日)が本放送だったみたいだけど、再放送が来週沢山あるので見られるかもよ。

再放送
土曜 深夜0:00~0:55
日曜 午後1:00~1:55
月曜 午後5:00~5:55
月曜 深夜2:00~2:55
金曜 午後3:00~3:55

 だそうだ。つまり2010/06/04までは見られるチャンスがあると。

 御本人のツイートによると、こういうこと↓みたいなので、そういうことでひとつ。
 

あ、今日の朝日ニュースター「トーキング・ヘッズ」に出るみたいです。あらかじめいっておくと、ホメオパシーの話とか、突然思い出せなくなってしまって「あれ、どっちだっけ」みたいにあやふやに言っているところあり。それから、メカニズム論など、あとで言おうと思って忘れたものあり

でも、本のプレゼントもある

いずれにしても、「ごめんごめん」の箇所もいくつかあるはずなので、すみません > トーキング・ヘッズ

 

突然食いたくなったものリスト:

  • 麺野郎のインドマグロ鉄火巻

本日のBGM:
Secret Loser /Ozzy Osbourne
ほんとにオジーの声はいいよねえ。





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