「ネット上にない」ということ

 こういう↓エントリを見つけた。

・「藤子・F・不二雄「名言」コピペの嘘」(大卒無職がなぜか大学受験の勉強をする)

 もう1年も前の記事で、たくさんのはてブもついてるので一層「古い話題」感はあるんだろうけど、ちょっと思ったことを。

 この記事では、ネット上に流布されている藤子・F・不二雄氏のある「名言」がウソじゃないのか(藤子氏のことばではないのではないか)ということが書かれている。その「名言」とは、これ↓。
 

よく「漫画家になりたいなら漫画以外の遊びや恋愛に興じろ」だとか

「人並の人生経験に乏しい人は物書きには向いていない」だとか言われますが、

私の持っている漫画観は全く逆です。

人はゼロからストーリーを作ろうとする時に「思い出の冷蔵庫」を開けてしまう。

自分が人生で経験して、「冷蔵保存」しているものを漫画として消化しようとするのです。

それを由(よし)とする人もいますが、私はそれを創造行為の終着駅だと考えています。

家の冷蔵庫を開けてご覧なさい。ロブスターがありますか?多種多様なハーブ類がありますか?

近所のスーパーで買ってきた肉、野菜、チーズ、牛乳・・・

どの家の冷蔵庫も然して変わりません。

多くの『人並に人生を送った漫画家達』は

「でも、折角あるんだし勿体無い・・・」とそれらの食材で賄おうします。

思い出を引っ張り出して出来上がった料理は大抵がありふれた学校生活を舞台にした料理です。

しかし、退屈で鬱積した人生を送ってきた漫画家は違う。

人生経験自体が希薄で記憶を掘り出してもネタが無い。思い出の冷蔵庫に何も入ってない。

必然的に他所から食材を仕入れてくる羽目になる。

漫画制作でいうなら「資料収集/取材」ですね。

全てはそこから始まる。

その気になればロブスターどころじゃなく、世界各国を回って食材を仕入れる事も出来る。

つまり、漫画を体験ではなく緻密な取材に基づいて描こうとする。

ここから可能性は無限に広がるのです。私はそういう人が描いた漫画を支持したい。

卒なくこなす「人間優等生」よりも、殻に閉じこもってる落ちこぼれの漫画を読みたい。

 
 なるほど。

 エントリ主は、Googleの検索と自らの「藤子・F・不二雄」観から、これを「嘘」じゃないかと判断したというわけだ。

 Googleについては、
 

検索結果を見ると2007年に入ってからのものがほとんどである。というか2007年2月より前の記事は今のところ確認していない。この時点でもう充分にあやしい。

 
 と言っている。自らの「藤子・F・不二雄」観からの判断としては、
 

たぶんF先生はこんな偉そうで出しゃばった発言はしないと思うし、口調もなじまないし、「ロブスター」「ハーブ類」などの語彙も藤子ファンとしてはあまりピンと来ない。読んでいてまったくF先生の顔が浮かんでこない。「SF生活ギャグまんが」を描き続けてきたF先生が「ありふれた学校生活」を批判的に持ち出すのも少々違和感がある。何よりも、F先生は基本的に「私」という一人称を使わない。「ぼく」だ。「ぼく」という一人称はたぶん「子どものためのまんが」を描き続けたF先生を象徴するものだと思うので、F先生の言葉として「私」という一人称が使われるともの凄く変な感じがする(たぶん探してもほとんどないだろうなあ)。ちなみに藤子不二雄A先生も同様に「ぼく」を使う。最近のエッセイなどでもそれは健在である。こういうところにお二人の深~い魂の繋がりがあるのだなあと思って、泣ける。

 
 と書いている。

 なるほど。

 この(嘘であるという)「判断」について、コメント欄、はてブでは批判的な意見を含めていろんなことが書かれている。

 しかし私は、こういう「判断」って結構大切じゃないかなあと思う。

 結局、この時代、コピペの信頼性というのは下がってきている?わけで、特にこんな「名言」みたいなものの真偽くらい、自分の尺度で判断すればいい(判断する基準を持ちたい)と思う。

 ただ、1つだけ。

 Google検索について。

 私は<今号の名言>集というサイトをやっているのだけども、これの出典はさまざまで、書籍であったりネットであったりテレビであったり、普通にしゃべってる時に出てきた言葉だったり、いろいろ。

 で、特に出典が書籍の時、しかもそれが90年代以前のものの場合は、ほとんどネット上に情報がないことが多くて、例えば一部で話題(^O^)のフレーズで言えば、

「ドイツにはコメディアンがいない」

 なんてフレーズは、ググッてみると、一番最初にウチのサイトが来て、あとはウチのサイトを引き写してるのがいくつか引っかかるだけ。

 実はこのフレーズに関しては、このサイトみたいな話があって、この「名言」を引用している書籍について言及している。こんな「名言」はネットを検索しても1つ(ウチのことね)しか引っかからない。だからもともと出典なんかはなくて、ネットで(ウチのサイトを)見て書いただけなんじゃないか(=いい加減な書籍だ)、と。

 でもこの「名言」というかこのジョークは、確かどこかの本で私が読んで書いたのだ。どの本か忘れちゃったので弱いんだけど(^^;、でも本当。もともと出典となる本は存在している。

 その他にも、この<今号の名言>集に載ってる「名言」のフレーズを適当にググッてみるといいと思う。ウチのサイトしか引っかからない言葉はいくらでも見つかる。

 何が言いたいかというと、こういう↓基準で「あやしい」としてしまうと、ちょっとマズいんじゃないかと。
 

検索結果を見ると2007年に入ってからのものがほとんどである。というか2007年2月より前の記事は今のところ確認していない。この時点でもう充分にあやしい。

 
 実際、ウチのサイトしか引っかからない「名言」はいくらでもあるし、それは私がネット上に上げる以前は「なかった」わけではないし、つまり「ネット上にない=世の中にない」みたいな受け取り方は、ちょっとマズい。

 これ、物心ついた時には既にネットがあった人と、そうじゃなかった人との感覚の違いのように思える。

 私は上記サイト主の「判断」について、Googleの検索結果を根拠とする部分は余計だったんじゃないかなあ、と思う。
 きっと批判している人が多く問題としているのは「藤子・F・不二雄」観の部分であって、「このくらいの根拠で嘘と断言しちゃうの?」という部分なんだと思うんだけど。(私はむしろ、こっちの方で判断する方を支持したい)

突然食いたくなったものリスト:

  • びっくりドンキーのレギュラーバーグディッシュ&いちごミルク

本日のBGM:
Ninja /EUROPE





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